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●幸福論● 僕と、僕に関する全ての人が、この文章によって少しでも「人生が幸せに」なるために。その3

●幸福論● 僕と、僕に関する全ての人が、この文章によって少しでも「人生が幸せに」なるために。その3

●幸せの質と量
さて、この項目では、「もっと効率的に幸せになる方法を考えるために」、幸せの質と量という概念を考えたい。
例えば、「食欲を満たす」という行動一つとっても、人によってどんくらい幸せになるかどうかは違うだろう。
昌一は食欲を満たすことによって幸せを10ポイント得るとしよう。
だが、松浦は同じ感情でも6ポイントの幸せかもしれない。
松浦は食欲に対してポイント交換率が良くないかわりに、家族愛を満たすことによって、15ポイントの幸せを感じるかもしれない。

100pの幸せを得たいと思ったら、食欲だと、昌一は10回満たせばいい。しかし、松浦は17回満たさないといけない。
しかし、家族愛であれば、7回満たすだけで良い、となる。

要は自分の幸せの傾向&TPOを踏まえることが重要である。
自分の幸せの傾向&TPOを理解することは、それはそのまま目標実現への近道にもなり得る。
何故なら、我々の目的「幸せを生み出す」をもっと詳しく書くと
「限られた時間と資源の中で、最大限の幸せを享受するために、能動的に幸せを生み出す」
となるからだ。
効率の悪い幸せの生み出し方を選んでいる時間は、今の我々には無い。

自らの「幸せの質と量」を知るためには4つのステップが必要だ。

1、まずは自分の幸せをジャンルに分けてみる。ジャンルのリストアップ。
2、最低限、各ジャンルで得たい幸せの質と量を考える。
3、自分が比較的好むジャンル、強化したいジャンルで得たい幸せの質と量を考える。
4、上記を踏まえた上で、超納得してそれを自分のTPOだと認めること。

例えば、僕の幸せのジャンルを、テキトーに下記の5つに割ったとする
1、仕事
2、恋人
3、家族愛
4、食欲
5、趣味

これにまず、順番をつける。
ここでは利便上、下記の順番が「得たい幸せの順」ということにする。
ここに、「最低限、得たい幸せの質と量」を書いていく。これは具体的であればあるほどいい。
1、仕事
→上海でTV通販して、服を1商品最大1万枚売ってみたい。
そんときにはできるだけクリエイティブで、気の良いメンバー。
社内で仕事をガンガンしつつも、レクリエーションが活発。
会社の人数を闇雲に増やしたいとは思ってないので、スモールオフィスでいい。まずは50人ぐらいで、売上15億ぐらいやりたい。
利益率を上げて、今のスタッフの平均給与を15%はアップさせたい。もちろんそのためにはスタッフの能力は今の15%以上アップさせたい。
大阪と東京に各事務所を構え、もっと人脈を強化したい。
朝9時に起きて、9時半に出社して、23時まで仕事する生活を、最低60歳までは続けたい。
…とか書いていくわけです。
あとは面倒なんで、適当に書きます。

2、恋人
→仕事に理解があり、フィーリングが合う恋人が欲しい。
3、家族愛
→家族で年に一回旅行に行きたい。奴らが老人になって足腰立たなくなるまで。
4、食欲
→常に、美味しい物を食べたい。
5、趣味
→寝ても覚めても、ゲームしながらマンガと小説読みまくりたい。
どのジャンルにも、最低限ここまでは欲しいというポイントがある。
それをクリアしていないと、他のジャンルの幸せ度がどれだけ高くても、幸せを感じることはできない。
例えば、仕事がうまくいってても、妻が不倫しまくってて、家に帰ったら息子が覚醒剤しててバイオハザードのゾンビのように襲ってきたら、仕事が世界一成功してても、ぜんぜん幸せではない。
そういうことです。
で、「最低限ここまでは欲しいというポイント」を考慮した上で、絶対に得たい幸せから決めていくわけです。

例えば、
「社内で仕事をガンガンしつつも、レクリエーションが活発。」

「大阪と東京に各事務所を構え、もっと人脈を強化したい。」

が相反するのであれば、レクリエーションして遊ぶために、大阪に居ようとなります。
でも、それより上位の幸せ。
例えば「上海でTV通販して、服を1商品最大1万枚売ってみたい。」を実現するためには東京で人脈が必要だ!!となれば、残念だがレクリエーションを諦めるか…
となるわけです。

「1、仕事」の幸せを実現するためには、「2、恋人」はどうしても両立できない。
となるかもしれませんし
「4、食欲」は順位が低いが、接待とか多いし意外と「1、仕事」とコラボレーションあるから結構実現できるぞとなります、
もちろん前述した「メトロノーム」は各目標に対して設定される。
例えば、仕事だったら
上海でのTV通販に対してのメトロノームと、
職場のスタッフクオリティ向上のメトロノームと
利益率アップのメトロノームと…
と言った感じで設定されます。
よく、「満足して死ねるかどうかは、笑顔の回数で決まる」とかいう抽象的な表現がありますが、上記のようにもっと具体化した方が納得して満足できると思う。

自分が、納得感を持って決めている幸せの基準を満たす。
それ以外の「自分が幸せなことへの証明」はありませんし、認められないと僕は考えています。

●論理的~お前、理屈っぽくない?~
さて、ちょっとお話を中断して、なんで論理的にしなきゃいけないのか、を書こうと思う。
「そんなん、テキトーに感じるままに生きたらええやーん」
まあ、そういう人生もアリだし、脳味噌使わない方がラクでいいと思うのだが…
僕の考える、論理的に幸せにならなければならない理由は2つある。
1・論理的に導いた成果は再現できるから。
2・真の幸せは、一人ではなれない。
1・論理的に導いた成果は再現できるから。
論理的に導いた結果は、再現できると思う。
あなたは自分で能動的に幸せになったあと、もっともっともっと×6兆倍ぐらい幸せになる必要があると思う。そうですよね?
幸せになったら、もっと幸せにならないといけない。
それが同じやり方なら、もっとラクで、たくさんの幸せを生み出すことが出来ると思う。
そしてヘコんだ時。もし、何か天変地異が起こって、超不幸な状態になっても、同じやり方でコツコツやれば復活して幸せになれると思う。
自殺しようかと思うぐらいヘコんでも、「これが地獄の底で、こっからまた同じやり方でコツコツやって幸せになろー」と考えることができたら、自殺なんてしにくくなると思う。
2・真の幸せは、一人ではなれない。
家族、恋人、友人、同僚…
周囲の人々が幸せにならないと、自分も真の幸せになれない。
あなたが超幸せになっても、自分の好きな人が全員不幸せだったらどうしますか?
それはあなたにとって、「最高に幸せな状態」ではないと思う。

自分が好きな人間の笑顔は、自分を幸せにする。
自分が人を幸せにしたら、その分幸せが戻ってくる。(確定)
他人を幸せにするということは、自分ひとりで幸せになろうとするよりも、実は非常に効率よく幸せになれる方法だと思う。

じゃあ、どーやって他人を幸せにするか。
気づけばあなたはその方法を持っているじゃないですか。
自分で「幸せになる方法」が確立されていれば、それを他人に当てはめて他人を幸せにすることができますよね!!
あなたが能動的に幸せになって、その方法を使って他人が幸せになれば、これまた自分も幸せになれる。

●全体的に、守って欲しいマインド
さて、色々書いてきましたが、どーでしょうか。
僕が過ごしてきた31年というクソ短い人生で学んだというか、試して良かったことを初めて文章にしたわけですが。
「おー、ショーイチなかなかええこと言うやんけー。ちょっとだけ、俺の人生に取り入れたるわー」
と、恐縮にも感じていただけた方に、もう一言。
全体的に守った方が効率いいことがあると思うんです。
それは2つ。
1、とにかく納得感を最優先にする。
2、安易に相対的価値観に流れない。
前に書いた、2つの項目。
・幸せの質と量
・幸せを感じる方法
上記の項目で、自分の価値観を変え、現状を整理し、より効率的に幸せを享受する方法を書きましたが、結局、自分で納得していないと意味が無いのです。

例えば、あなたが自分の家族がそんなに好きでもないとします。
それなのに、「安易な相対的価値観」=しょーもない社会通念や友人の意見に流されて、「家族は大切だ!」とか考えてみたり
仕事がそんな好きでもないのに、「仕事が一番だ!」と言ってもしんどいだけなのです。
どんなにセロリが栄養があって、ローコストで、エコロジカルで、世界を救うカッコいい食物だったとしても、
あなたにとってセロリがどーやっても納得できないぐらいとんでもなくまずけりゃ、食っても幸せにはなれないんだよバカヤロー!!となる。
そーゆーことなんです。

とにかく、「納得感」はとても重要です。
幸せの定義は「自分が幸せと感じること」であり、幸せになる事象→感情は価値観によって振り分けされるのですから。
価値観は、納得感を持たないと変更されません。
そして、納得感は、意志の強さと決意に繋がります。

サンプルケースとして、僕の話をしましょう。
僕は仕事がキチガイのように大好きですが、当たり前ですが、元々は仕事がそんなに好きではありませんでした。
仕事よりも、ニートのように家でごろごろゲームしながらピザとコーラ飲んでいる方が好きでした。
では、何故仕事が好きになったのかというと、完全な「納得感を伴った、勝手な思い込みによる、価値観の変化」です。

ゲームずっとしたいなー。死ぬまでピザとコーラとゲームでいい。

でも、無収入では難しいし、ゲームでの幸せしか得られない。
俺は、家族愛も、グルメも、恋人も欲しい。
ゲームだけのために生まれてきたんじゃない!!

あれ、ゲームを職業にしたら良くない!?。

でも、どー考えてもゲームは儲からんし、恋人も制限されるし、好きなものを好きなときに食えるような気がしない。

仕事しながらゲームするしか無いか?でもそれって、中途半端だな。
中途半端なことは、納得できない。
もっと納得できる、建設的な方法でないと、僕の素晴らしい人生に合わない。

よく考えたら仕事って、ゲームっぽいところもあるな。

よく考えたら、ゲームしている奴よりも、世界のビジネスマンの方がよっぽど強敵ばかりだな。
しかもゲームは長くても1時間の対戦だけど、ビジネスは24時間だ!しかも勝手にルール変えられたりもない。

そしたら、もっと強い奴らと戦ったほうが面白い!ビジネスの方がルール無用だし。
ビジネスで勝てば、おいしいご飯も、いい恋人も手に入る可能性が上がる!!親も喜ぶ!!友人も俺のことを自慢できる!!ゲームよりビジネスだ!!ニャー!!!
となったわけです。
本当に変な考え方ですが、自分のいいように価値観を変えてしまいました。
が、それでいいんです。
自分が心から納得していれば、相対的な価値観や、世間の言うことは、あなたの幸せと全く関係有りませんので。

●まとめ
まとめると要点は下記です。

幸せの定義は「自分が幸せと感じること」であり、その定義は価値観によって創造される。
感じたい幸せの質と量を納得感を持って取り決め、それに向かって価値観、感情、をカイゼンする。

ただ、したり顔でまとめるのはカンタンですが、「あー、そやねー。ショーイチの言うとおりやねー。」で終わる。
2行の文章を読んでも、納得感が薄いわけです。

時間使って、文章読んでもらって、サンプルケース上げて…
それで初めて、

「ほんのちょっとだけ」

人生をカイゼンしてみようかなと思うわけです。

「ほんのちょっとだけ」でも、そう思ってくれたら、それだけで僕がこの分書いた意味ありますね。

久しぶりに長文を書きました。2ヶ月ぐらいちょこちょこ書いてましたw
書くのよりも加筆修正に時間がかかった。構成と文体整えてたが、もーいいや!ということでリリースしました。

この文を書こうと思った理由は下記。
・この文を読んで、僕の知人が少しでも幸せになってくれると嬉しい。そして、いつか出会う、僕の子孫に伝えたい。
・僕自身が迷った時の備忘録に。
・この文章を人に読ませることによって、ツッコミをもらい、もっと効率的に幸せになる方法を構築したい。
です。
山本昌一
shoichiya@gmail.com
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