一回目 北田氏 前編

北田氏対談2018年6月15日

山本 記念すべき初回の対談の相手になっていただいたの感謝してます。胸借りて、タメになる話をいろいろ聞かせてもらおうと思ってるので、よろしくお願いします。
北田 アパレル業界畑からの話だから参考になるかな。
山本 なりますなります。
北田 よかった。それにしても、在庫処分の会社さんなんて珍しいんじゃないですか。専門業者さんなんてあるんですかね。
山本 ちょこちょこあるみたいですね。ちょこちょこありますけど、僕らはほんまに自分らで言うてるのもあれやけど、1番じゃないですかね、今んところ。
北田 取り扱い量とかそういうあれで。
山本 規模とか、知名度とか。
北田 たいしたもんだ。
山本 まあまあです。まあまあ。アパレルで処分ってどうなんですか。
北田 何となく表にあんまり出てこない。でも、いいとこに目をつけられたって言ったら変だけど、どんなアパレルでも、アパレル以外の雑貨屋さんでも。
山本 在庫はありますね。
北田 在庫は経営の一番かかわるとこですからね。どうやって処分しようかってみんな思うわけでね。
山本 そうですね。思いますね。
北田 うまいことブランドイメージを壊さないようにしたいと思うし。だから、それをうまく解決する方法って、アウトレットも一つの方法ですけども、ファミリーセールとか、身内で売るのも方法だけど、でも限界があるんですよね。
山本 ありますね。うわー対談、こんな感じ。イメージしてたやつ。
北田 (笑)

「人脈の作り方」
山本 この企画の趣旨としては、ちゃんとした人にちゃんと話聞こうと思ったら、こういう企画をしたほうが全く関連性のない人に会えるかなと思って。全く関連性のない人に会うのって、結構、修行じゃないすか。
北田 突然はできないすよね。
山本 できない、できない。
北田 誰かが紹介がないとね。
山本 そうです。媒体さんに紹介してもらったりとか、あと、会い慣れてたら、どういうところ聞けばいいのか、わかってくると思うんで、今日とか僕、すごいつたないと思うんですけど、
北田 とんでもない。
山本 2年後ぐらいで結構(笑)、いろいろな人に会ってきたんやなと思われるような(笑)。
北田 どんどんイメージが、経験も積み重なってくし、年齢だけじゃなくてね。それはネットワーク広がることは絶対いいことですよ。
山本 いやあ、そうですね。
北田 意図的に広げようと思うタイプの人と、結果的にだんだん広がってくっていうのと二つあるんですよね、長くビジネスやってると。
山本 北田さん、どちらなんすか。
北田 僕なんかは結果的に広がってるほうですね。でも、僕はオーナー企業の代表でもないし、企業に属してるじゃないすか。そうすと、企業に属してると、与えられた職務って最初に決められちゃうから、自分で好きなとこやるわけじゃないでしょ。要するに企画会社は企画やるし、
山本 これやれって言われるってことですね。
北田 そういう中で、最後のほうはやや希望もあるかもしんないけど、普通はやっぱり営業系だとか企画系だとか生産だとか物流だとか、大きな会社ほど部門、分かれるんですよね。と、それ一気に違う職に変わることはなかなかないわけですよ。専門分野が深くなってくるから。そうすると、与えられた、大体範疇みたいな、で、そういうカテゴリでネットワークは広がっていく。だから、企画やってる人間は結局、生産会社とか原料メーカーとか工場とか商社とか、そういう広がりしてくるけど、逆に、例えば、小売業の外のネットワークとかはなかったりするし。だから、自分の範疇の広がりでだんだん広がっていく以上にやろうと思ったら、かなり意図的に動かないと広がらないですよね、やっぱり。普通の企業に属してると。
山本 でも、偉くなったり、年いけばいくほど、僕も20歳のときより40歳のほうが動かないんすよね、自分でわかるんすけど。これって、どう打破したらいいんですかね。
北田 それ、商売がうまくいってるからだね、それは。
山本 (笑)超面白い。
北田 うまくいってなかったら動かざるを得ないよ。
山本 めっちゃいいこと言うわ(笑)。
北田 うまくいってるからよ、それ。あと、ネットを広げる方法で、僕も若い、30代、40のときに自分で意図的にやったのは、他業種との懇親会とか、そういうネットワークがあるんですね。それ、大学時代の友人とか、自分と違う業界に行って勉強会をする。
山本 どんな勉強をするんですか。
北田 日本経済についてとか、そういう。
山本 じゃ、誰かが先生する感じですか。
北田 いや、ただのオープンなディスカッションみたいなやつ。役所のやつもいれば、民間の人もいれば、いろいろで。友達が面白そうなやつを呼んできて、そうやって人数だんだん増えてきて。議題によっては、そのときの議題の得意な分野っているからね。
山本 そうですね、いますね。
北田 それはそれで、その日はそいつが中心になって話をしたりしながら、じゃ、どう思う?って。僕が例えばアパレルいたら、全然政治のことなんか日常的に関係ないけども、意見は言うとか、それは友達仲間だから自由じゃないすか。
山本 確かに(笑)。
北田 別にそれが公式にどっかへ出るわけじゃないから。だから、外務省のやつもいれば、経団連のやつもいたり、そういう役所関係もいれば、いわゆる民間企業の人間もいたり、それも営業系もいたり、いろいろ。そういうのやったり、あと、もう一つ、ちょっとお金かかるけども、そういうクラブみたいな、あるんですね。
山本 ん?クラブ?
北田 クラブみたいな、講演会を聞きに行ける、年会費払って先生の講演会を聞きながら、終わったあとパーティーがあって、その参加者がみんな懇親やるっていう。
山本 へー。じゃあその先生はじゃあ、偉い人なわけ?偉いというか、
北田 面白い、テーマによって。例えば、昔は日中貿易摩擦とかだったらそういう専門の先生呼んできたりして、その人の講演1時間ぐらい聞いて、その先生も入って懇親会。そうすると、そのときに名刺交換、ばらばらなるわけです。全員知らないから、お互いに。そこで名刺交換して、ちょっとお酒も飲みながら、立食だけど、ちゃんとそれを運営してる会社があるのよね、そういう。年会費、入会金ちょっと払って、講演会を聞く。
山本 何てとこなんすか。
北田 それ、いろいろありますよ。
山本 まじですか。
北田 うん。いろんなのがある。結構、そういうのって、社長みたいなオーナー系の人が多いんすね。要するにネットワークのない人が多いんですよ。
山本 ないない。全然ない(笑)。
北田 だから、そういうとこ行って外の勉強をしたり、いろんな業種とつき合いたい。きっかけを作る。そういうのは入ったら面白いかも。
山本 ある意味、強制的にやらんとだめってことですよね。
北田 そうそう。したら、必ずご案内くるから、2カ月とか3カ月に1回、講演会があったり、パーティーがあったり、あるんです。僕は仕事で、それに入ったんだけど、誘われて。なかなか行けなくなった。それになるともったいない、お金だけ払ってる状態。だから、まめに来てる人は必ず行ってる人もいますよね。それで結構広げて、それでビジネスも広げてく人もいるし。それ、オーナー系の人はビジネス広がりやすいから。僕らは企業に勤めてると、別にその人と会ったからといって、その人に何か頼もうかと思わないじゃない。
山本 確かに、オーナー系だけは何となくわかりますね。
北田 オーナー系は仕事の糸口つかもうみたいな。
山本 ちょっとがつがつしますね(笑)。
北田 で、がつがつ。特に若いオーナー系は特に範囲が狭いから、つき合ってる範囲が同じ業種しかないと知れてるから全然違う。それと知り合い。それ、金融系もあれば、いろんなメーカー系もある。いろんなとこと。
山本 考えますわ。広げる、広げる。
北田 どことは言えないけど、結構ありますよ。
山本 まじですか、わかりました。
北田 あとは、地域はライオンズクラブだとか。
山本 それはちょっと遠慮しときます。余裕ないんで。
北田 講演会向きかな。
山本 そうそう。

「未来の社長、仕事との出会い」
山本 今日は一応、僕、よくこうやって飲み会とか、海外に旅行行ったときに、一緒に例えば車で移動したりするじゃないですか。そしたら普通に2時間とかなるじゃないですか。
北田 車で移動してる間?
山本 車で移動してるとき、2時間とか3時間とかなったりするときに、結構、18歳ぐらいからどういう感じで仕事してたんですかって聞いたりするんけど、それ聞いていいですか。
北田 ああ、一緒に居合わせた人にそれ聞くってこと?
山本 そうです。よく聞くんですよね。で、まず、大学はどちらいかれたんですか。
北田 僕は法政ですね。法政大学。法学部。
山本 どんな大学生活?遊んでたんですか。
北田 意外とバイトしたり、部活っていうか、サークルみたいなのはありましたけど、僕は割と、いわゆる体育会の部活に4年間いたことはないんですよ。そういうのはやってないんすよね。
山本 めちゃ、でも、体は強そうですけどね。
北田 そうそう、結構強いよ、体は。体力もあるし。
山本 いいすね。健康が一番。
北田 テニスを中学高校とやってたんで、ラグビーとかアメフトと言われるんだけど、実はテニスなんだ。中学高校でやってたんで、大学はテニス部に入ったわけじゃないんだけども、そういうのを好きな人が集まってやる。今で言うサークルみたいなのをやってみたり、あと、住んでたとこの地域の草野球のチームに入ってみたり、運動系は好きですね。あと、3、4年の頃はゼミって大学にはあるじゃないですか。僕は憲法。日本国憲法ね。空手の、こっちの拳法じゃなくて。コンスティチューションのほうも、
山本 コンスティチューション。
北田 コンスティチューションの憲法ゼミなんかやってたので、そういうので結構勉強しました。そういうので、当時は基本的人権の中でもいろいろ生存権とか何々権ってあるでしょ。その中で僕は研究までいかないけど、医療権っていって、医療。お医者さんのね。医療にかかわる基本的人権っていうのをテーマに2年間やって。
山本 全然商売と違いますね。
北田 全然関係ないですよ。それは医療事故が結構あったりすると、患者の手術してハサミをおなかの中に置き忘れたりさ。そういう医療事故があって、結構、患者が苦しい目に遭ってたんですよ。医療権っていうのを考えてやってたりしましたね。それはゼミ活動。だから、いわゆる大学授業とは違うゼミ活動と運動系のサークルとかを中心にやってて。あと、大学1年ときは沖縄で平和を考える会とか、沖縄に行ってね。1972年に沖縄が日本に返還されて、まだそんなにたってないわけだ。そうすると、米軍の基地跡とか、そういうのがたくさん沖縄には問題があって、それの勉強しに行ったり。結構、だからまじめにやってた部分と、バイトと遊び。
山本 しっかり遊ばんとね、学生は。
北田 そう。そういう学生生活だったですね。だから、民間企業に入るつもりはあんまなかった。
山本 民間。
北田 こういう会社に。民間の企業に入るつもりはあんまなかった。
山本 じゃ、最初に就職したのはどこなんですか。当時、3年から就活ですよね。
北田 いや、僕らのとき4年からで、僕は民間企業に入るつもりはあんまなかったんで、大学4年の10月までは何にもしてなかった。
山本 (笑)、むっちゃぎりぎりやん。
北田 で、10月の第1週に説明会。当時、解禁日が4年生の10月だったんですよ、当時ね。
山本 4年の10月って、もうあれやん。
北田 決まってる人はいるわけよ。でも、オフィシャルには4年の10月だった、当時は。その日まで何も動いてなくて、就職部も何も相談に行かずに、よく覚えてるね。あなた、どうするんですかって。
山本 (笑)
北田 行かなかった、めんどくさいからね。そういうとこ行って紹介されてもしょうがないし。適当に入ってもしょうがないから。で、たまたませっかくだからどっか何社か受けてみようかなとなって、家に案内がいっぱいくるわけよね、企業から。そういう会社説明会やりますよって、昔はハガキだから。インターネットがないからハガキがくる時代なんで、じゃ、ハガキいっぱい来てんのを並べて、どっか知ってる会社、どっかあるかなと思いながら、ちょっとそこであったのはファッションに興味があったってのが若干あったので、それで、ダーバンという会社に、説明会に10月の1週に行ったっていうのがきっかけですよね。それで、当時は上場してまもなくだったから、1000人、2000人の人が受けに来てて、受かったの、14、5人しか受かんないけど、すごい競争は激しかったんだけども、なぜか受かったわけ。1次、2次、3次ときて。で、受かったあともいくかいかないかは迷ったんですよね、ずっと。本当にいっていいのかなと。たくさん入りたくて来てる人と、たまたま受けてみたら入っちゃったみたいなのがあったので。で、結局、親族とかにも相談して、せっかく受かったんだから、まず働いてみればっていうので。そんなに、だから積極的にファッション業界にいきたくて、いろんな会社受けましたっていうタイプじゃないんだよ。
山本 じゃあもう、1発目で。
北田 そうそう。
山本 へー、完璧ですね。
北田 いえ、たまたまね。だから、面接試験で落ちたこと、今まで1回もないんだ。受けてないから。
山本 (笑)
北田 受けなきゃ落ちないから。
山本 そりゃそう。じゃあ、ダーバンで最初はどんな仕事したんですか。
北田 営業よ。もちろん営業から始まる人も、企画で始まる人も。
山本 最初から企画っているんですか。
北田 います。当時はね。販売から始まる人もいるし。アパレルってのはものを企画、生産して、それからそれを仕入れて売って販売。売るってのは販売するとか、直接お客様に売るっていう小売り的なところと、ホールセールって卸先に、専門的に卸売するっていうのと、二通り小売りがあるんだけど、専門店部隊で、そういう専門店さん相手で売るか。これ、販売じゃないけどね。販売っていうか、直接接客じゃないけど。片方は百貨店とかのショップとか、そういうとこで一般消費者に販売する。両方あって。僕は百貨店の部隊にたまたま配属があったんで、営業といっても専門店さんの卸売じゃなくて、いわゆる百貨店相手の商売を最初、始めたんですね。ダーバンっていう会社はスーツの会社としては比較的、その当時有名なってたので。
山本 いや、めっちゃ有名でしょ(笑)。
北田 なんですけども、僕がやったのは、ダーバン社の中のダーバンブランドってスーツじゃなくて、まだ始めたばっかりのカジュアルウェアのブランドをそのあと作ったわけですよね。スーツだけでなくて。そういう新しいカジュアルブランドの担当営業マンとして都内。東京だったんで、本社が。もちろん、関西も。全国でやってるけども、僕は東京の管轄の東京都内の営業として、今で言う西武とか伊勢丹とか、新宿とか池袋とか、こういうとこを担当してたわけ。だから、それがスタートですね。基本的に、そっから長くなるけども、そっからは営業をやってて、何年かやったあと、今度、企画に移って。で、今度、MDっていう。マーチャンダイザー。
山本 営業から企画に移るときは上から言われるんすか。もうそろそろ企画へいきなさいみたいな感じで。
北田 いや、全員がそんなんじゃなくて、ずうっと営業の人もいるし、企画に異動する人は意外と当時、少なかったね。
山本 そりゃそうですよね。営業、だってお客さん持ってるから、大体そのままやれって話になりますよね。
北田 たまたま私の上司がどういう判断だったかわからないけども、企画をやってみろって言われて。
山本 それ、結構自分の中で転機ですか。
北田 興味はありましたよね。営業やりながら、商品を売ってくじゃないすか。でも、商品の問題点は自分でわかるでしょ。
山本 むっちゃわかりますね(笑)。
北田 ただ、製品のデザインのことはあんまり言わないけども、品質だとか納期とか。
山本 納期は?
北田 本当に欲しい時期に入ってこないとか。
山本 当時って、全部国内生産ですか。
北田 いや、海外ももちろんあります。カジュアルウェアの場合はね。ダーバンのスーツの場合は日本に工場持ってるし、いわゆるメイドジャパンだけども、カジュアルってのはTシャツとかポロシャツとか、そういうのもあるから、要するに、それは当時は台湾とか韓国とか、あとは中国本土はまだ開放されてない時代だから。
山本 開放って何なんですか。
北田 改革開放っていうか、鄧小平がやった、要するに日本からの資本を受け入れるのは、あとなんですよね。
山本 すごい。歴史を感じるなあ(笑)。
北田 国交の正常化はしてたかもしれないけども、開放政策にならないと、それは勝手にできないわけよね。
山本 ああ、で、海外行って。
北田 だから台湾、中心は。台湾とか韓国。が多かったね。だんだんもちろんインドネシアとかフィリピンとか増えていくんだけど、中国はもう少しあと。だから、企画としては。
山本 もう少しあとっていうのが歴史感じる(笑)。
北田 そう、時代的にはね。だから面白かったですよ。ものを企画するっていうのは、その会社だけでできないじゃないすか。商社の人に手伝ってもらったり、メーカーさんがあったり、工場さんがあったり、われわれが買う側、仕入れる側ね。百貨店とかは商売のときは、こっちが売る側だよね。買ってもらわなきゃいけない。だから、売る側と買う側の仕事、二つ経験するって、非常に貴重な経験だったんです。大体、どっちかしかやんないから、大きな会社にいると。ずうっと企画畑歩む人と、ずっと営業畑。僕は両方やったんで、それは非常に後々といいことだったんですね。

「失敗しない」
山本 そのときに北田さんがした失敗とかあります?いっぱいあると思うんですけど(笑)。
北田 若いときは失敗を積み重ねることも重要なことだからね。
山本 数千万レベルの損失とか(笑)。
北田 会社に大きな損失を与えたってことはないな、そういう失敗は。ちっちゃい失敗はありますよ。でも、大きな損失を与えたことはないな。
山本 自分の中で一番これはミスったなっての、思い出あります?
北田 あんまりないんだけど、俺。
山本 すごいすね(笑)。スーパーできる感じですね。
北田 いやいや、自分で言うのもあれだけど、割と成功。時代もよかったんですけどね。成長期だったからというのもあるけども、営業のときも予算を達成してたし、企画いっても商品改善して売り上げ上がってたし、ずうっとよかったんです。
山本 へー、すごい。
北田 時代背景がよかった。
山本 それは社長になりますね。(笑)
北田 時代背景がよかったっていうのが、多分ありますね。それで企画やってて、海外駐在の話があってアメリカに行ったっていうのが34歳ぐらい。
山本 それ、何でアメリカに行ったんですか。
北田 アメリカでちょうど僕が企画してるブランドが展開を始めてたのね、既に。で、2、3年やってたけど、なかなかうまくいってなかったわけよ、アメリカで。それで日本から駐在員が1人ぐらいしか行ってなくて、現地の人間に任して。
山本 それ、ガッツがある感じだから。
北田 やってたんだけども、何人か行ったらいいって候補者もいた中で声がかかって。
山本 しゃべれるんですか。
北田 いわゆる大卒程度ってやつだよ、だから。
山本 当時は。
北田 行くって決まってから慌てて勉強しに行って。
山本 (笑)
北田 その程度です。
山本 当時、どうやって勉強するんですか。
北田 当時も今と全く同じで、だから、僕が行く、決まったあと、前3カ月間余裕があったんで、駐在するまで。日本のいわゆる語学学校にマンツーマンやってる学校に通って、3カ月ぐらい。そんなの役に立たないよ。
山本 (笑)
北田 気持ちの問題よ。やっただけで。現地行かないと何も身につかない。
山本 結婚は?
北田 してたけどね。
山本 じゃ、一緒に行くってなったんですか。
北田 最終的にはね。最初、単身で行って、途中から家族呼び寄せるって話だったですけども、
山本 家族大変や。
北田 ロサンゼルスね。
山本 家族間の調整とかは大丈夫やったんすか。
北田 全然文句はないすね。
山本 子どもさんは?
北田 息子はそのときには長男がいて、2人目が生まれたばっかりぐらいかな、まだね。
山本 じゃ、パパがアメリカ行くから、いるから一緒に行こうみたいな感じで。
北田 子どもはついてくるだけだから。
山本 いや、それでもすごいすね。
北田 子どもはついてくるしかないから。僕は海外に駐在することに対して全然抵抗がなかったんですよ。ほかのやつは海外行きたくないとかいう人もいるじゃないすか。僕は別に英語は特別習ったこともないけども、大学時代もたまたまアメリカ人の友達がいたりして、いずれ英語しゃべれるようになりたいなあと思ってた。それはそれで仕事始まって、それ勉強したわけじゃないんだけど。で、おじきに、もう亡くなったおじきだけど、僕は大阪出身なんですけども、何で法政いったかっていうのも、関西も大学いっぱいあるんだけど、東京で住まないと日本は見えないって言われた。
山本 住まないとね。
北田 そう。そこにいなきゃだめ。大阪にずっといて、関西にいたら日本は見えないって言われた。
山本 それ、わかりますね。
北田 で、東京にずっといたら世界は見えないって言われた。
山本 (笑)
北田 1回、海外へ行かないと。
山本 めっちゃおもろいな。
北田 で、海外に住んでみないと世界見えないよって言われてたの、学生のときから。
山本 これは行きたがりはりますね。
北田 だから、いつか必ずどっか海外に住んでやろうって。住む機会があれば行きたいなと思ってたのね、漫然とよ。それをずっと狙って会社に海外行きたい、行きたいって出してたわけじゃないんだけど、たまたまそういうのが巡ってきたわけ。だったら、それは別に断る理由全くないので、行ってみましょうってこと。で、行ってやった仕事は、向こう行きゃ、ちっちゃい会社なわけですね。日本では大きな会社だけど。だから、何でもしなきゃいけないもんなの、要は。ヘッドオフィスも10人ちょっとしかいなかったりして。
山本 英語わからんのに全部やれって感じですか。
北田 そう。現地の社長もいて、もちろん営業もいたりするんですよ。でも、大きな部門があるほど人もいないし、僕がそのときやったのは、いわゆる仕入れ担当みたいなパーチェスマネジャーっていうか、バイヤー。そういう仕事ね。
山本 仕入れは?
北田 仕入れ担当。
山本 日本からですか、その場合は。
北田 いろんなとこから。日本からも入れるし。
山本 台湾からも入れる。
北田 台湾、香港とか、そういうとこ入れるし、アメリカからも仕入れるし。それは自分でコーディネートして決める。
山本 小売店ですか、アメリカ。
北田 そうそう、小売店。
山本 やってたんですか。
北田 そうです。百貨店の卸しじゃないから。
山本 それ、めっちゃ大変ですね。
北田 路面店を20店舗ぐらい展開してた。
山本 じゃあ、ダーバン社がアメリカで小売店をやろうぜっていって始めたんすか。
北田 そう、もともとね。
山本 めちゃめちゃ大変。
北田 インショップをやってたわけだ。要するに、路面はやってなかったけども、アメリカの場合は百貨店の中にショップとかなかなか、当時は専門店のほうが強いわけよね、要は。で、今で言うショッピングセンターってのがしっかりあったわけ、アメリカには。
山本 既に。
北田 そうそう。日本ではだいぶあとになってからできたけど。でも、日本のまだショッピングセンターはリージョナル型ってなってないんだ。リージョナル型ってのは、総合型ショッピングセンターってのが、アメリカには基幹百貨店が二つぐらい中に入ってて。百貨店だったよ、スーパーじゃなくて。百貨店が中に入ってて。
山本 ショッピングセンターに百貨店が入ってる?
北田 そうそう。入ってて、その間である専門店はラグジュアリークラスも、いっぱい入ってるわけ。要するに、安いもんだけじゃないの。日本は都市型の、小売りっちゅうのは百貨店がすごい立派で強いから、そこに集まるわけよ。
山本 お客さんが。
北田 そう。日本の場合はね。海外の場合は、そういう単店の百貨店で、いわゆる百貨、全店を扱えるような大きさのもの、なかなかないの。だから、車社会だから、特に私がいたロサンゼルスはサンフランシスコ、サンディエゴを含めて西海岸ってのは車社会なんで、ニューヨークは若干違うんだけど。全米から言うと、基本、車社会で、ショッピングセンターがどんどん発達した。最終的にそういうやり方を日本もあとで取り入れるんだけど。でも、そういう時代だから、ショッピングセンターの中でインショップか路面店という展開しかない。
山本 なるほどね。
北田 それで20店舗ぐらい西海岸で出店で、行ったときは赤字だったから、それ、10店舗ぐらい閉めて、新しい店出して、そういうスクラップアンドビルドとかをやりながら、小売り的なノウハウも勉強できたっていうのが一番大きいんですね。
山本 最終的にはどうなったんですか、その会社は。
北田 いや、1年半ぐらいで黒字化しましたよ。
山本 へー。おめでとうございます。(拍手)
北田 そういうのが自分のキャリアとして、それはそれで大変だったです、最初の1年目は特に。

「アメリカだからこそ経験した苦労」
山本 アメリカに行って大変やったことって、何かあります?苦労したことって。
北田 会社自身が大きくないから、アメリカ人にとってダーバンとか言っても、誰も知らないわけ。日本にいたら上場してるし、それなりに得意先もそれ認めてくれてるから、最初から。だから、会社の看板があって商売ができたわけね。アメリカ行ったら誰も知らない日本人だ、要は。何の実績もない。そこにいるスタッフを、経験者が集まってるスタッフと夢を語りながら、一個一個将来は大きくしようと。全米に広げていこうみたいな夢を語りながら、一つ一つ物流もやんなきゃいけない。システムもやんなきゃいけない。モノも仕入れなきゃいけない。
山本 所属は上場会社やけど、中小企業みたいな感覚?
北田 いや、ちっちゃい会社で、掃除から経営までやるみたいな。これは本社にずっといたら経験できないことなんですね。
山本 そこでは、出向っちゅうのは僕、オーナー社長なんでわかってないすけど、副社長みたいな感じで入るんですか。
北田 いや、課長クラスだったね。33、4だし。
山本 そこの社長との関係ってどうなるんやろ。
北田 関係は、社長はアメリカ人にやらしてるんだけど、結局、その彼の組織で言うと10人ぐらいしかヘッドオフィスにはいない。店舗はいるよ、人がたくさんいるけども、その中で言うと、その人が上司になるんだけども、でも、俺、お目付けみたいなもんだ、日本から来てる。
山本 なるほど。じゃ、向こうにしたらウザい会社なんすか。
北田 そりゃあ、だって、親会社から日本人がチェックに1人入ってるようなもんだから。
山本 嫌ですね(笑)、うん。
北田 そりゃ、こっちに気を使うし。でも、そういうのも最初だけで、本当に一緒になれる仲間だってことになってこないといい仕事できない。
山本 いやあ、そうですよね。
北田 お目付け役だけで行く駐在員はだめなんだ。そういうやつ、日本の企業多かったから、当時はね、まだいい時代だから。要するに、日本から来る出張者のアテンドばっかりしたりさ。日本人向けのアテンド役っていっぱいいるわけ、駐在員。実際に現地の仕事は自分はしない。しょっちゅう人が来るわけだから。
山本 アテンダーですね。
北田 アテンダーよ。飯連れてったり、ゴルフ連れてったり。
山本 それ、お金生まないすね。
北田 僕はそういうの、一切やらないつったの。もちろん、来たらご飯も食べるけども、それが仕事じゃないから。この会社をアメリカで成功させることが仕事だから。
山本 そうすね。おっしゃるとおり。
北田 ということで、アメリカ人と一緒に議論もしながら、ケンカもしながら、一つ一つ解決していくわけです。そのときの濃密な2年間ぐらいがあって、それがあとの僕の企業人生にとって、ものすごく強い影響を与えてる。
山本 アメリカの仕事でうまくいかなかったことってのは何があります?
北田 最終的にはうまくいったよ。でも、最初うまくいかないのは、すべてうまくできてない。
山本 日本式じゃないってことですか。それとも、効率的じゃないってことですか。
北田 日本式でもアメリカ式でも、どちらでもあんまり関係ないと思うんだけど、やり方が決まってるわけよね。マーケットに対して商売するから、マーケットに自分たちのブランドがちゃんと受け入れられるためには何が必要かってことを考えなきゃいけないわけです。
山本 それって、北田さんがマーケットを理解してないとできないじゃないですか。
北田 そう、それをアメリカ人のスタッフと一緒に議論しながら、じゃあ、どんな商品、例えば、サイズ一つ取ってみても、日本で作った商品そのまま持ってきても、サイズが合わないじゃない。サイズの問題、大きさも違うし。そういうのもあるし、好みの色も違うかもしんないし。やっぱり買い方も違うかもしれない。
山本 サイズって、例えば、日本のLLと向こうのLLと違うんですか。
北田 全然違います。
山本 具体的にどう違うんすか。
北田 今、インポートの商品、日本でたくさん売ってると思いますけども、骨格、体型がもともと違うから。Tシャツとか、そういうものはさほど、大小でいけるけども、こういう上着とかそうなったら、きちっとした作り方から変えなきゃできないからね、要は。適当にちょっと大きくすりゃいいってわけじゃないわけです。グレーディングってのは。そういうのがあって、どう違うかって言われりゃ、骨格は基本的に二回りぐらい違う。
山本 じゃ、Lでも向こうのLは二つぐらい大きい?
北田 私は日本ではXLとか着るけども、向こうでは普通のMサイズです。
山本 本当ですか。ええー。
北田 うん。ジャケットだったり。
山本 それは、サイズ違いますね。
北田 アメリカの場合は、白人ばっかじゃないじゃないですか。だからサイズの幅が広がるわけ、基本的に。だから日本人みたいな人もたくさんいるわけだから、アジアの、中国系も韓国系もいれば、白人の2メートルのやつもいれば。
山本 (笑)
北田 こんなやつもいれば、もうすごいわけよ、女の子でも。じゃあどこまで対応するの?ね、サイズたくさん作りゃ作るだけロスも増えるわけで、どこまで対応するの?とかいうのは、やっぱアメリカで成功してるブランドとかを参考にしながらとか、そういう規格を作り直したり、それを日本の規格に、日本からやってる規格を買うんだったら、ちゃんと日本側に説明して作らさなきゃいけないわけ。でもロットが日本ほどは最初大きくないと、たくさん作れないじゃないですか。
山本 いきなり作れないですね。
北田 だからちょっとずつサイズ変えていくのって結構大変になってくる。そういうのは、日本人がいるほうが日本の規格、説得したりできるわけよ。アメリカ人がオーダーしてこうやってLLサイズいくつ作ってくれって、日本は作れないとか言うわけよ。こんなの10枚や20枚作れませんって。
山本 (笑)
北田 でも僕は日本の企画営業にいたから、営業もしてるから、わかるわけね、そういうのが。
山本 なるほどね、これはできるだろうと。
北田 だからアメリカのマーケットに合う商材を作ってあげる、それをやることによってアメリカ人の営業関係はみんな信頼を増すわけよ。北田さんのやってくれたオーダーと品ぞろえは売れると。要は信頼を作ってることになる。
山本 それはうれしいですね。
北田 それができないと信頼できないから。
山本 売れた瞬間、うれしいな。
北田 こいつ何しに日本から来てるんだってことだから、要は。ね、ろくに英語もしゃべれないで、ね?
山本 (笑)
北田 ろくに英語もしゃべれないで、多分、自分たちよりたくさん給料もらってんだみたいな話だから。
山本 あ、ほんまですね。
北田 そらそうだよ。
山本 そう思われるわ。
北田 そう思うとやっぱり、こいつは仕事できるって思わせなきゃ、証明しなきゃだめ。
山本 それは英語できへんのに、どうやってコミュニケーション取られるんすか。もう片言ですか、通訳使いますか。
北田 英語できるようになるんだよ、もう半年もいれば。
山本 (笑)気合いで?
北田 仕事だから、特に。プライベートなら会話は難しいよ。宗教とか政治とかいったらなかなかできないけど、仕事のことって決まってるからさ。
山本 ああ、なるほど。しかも重要やしね。
北田 同じことを話をしてるから、それはわかり合えるの、比較的早く。だから飲みに行って政治の話だと、政治っていわれたら、うーん、共和党と民主党と(笑)とか、なかなかわかんないけど。宗教もカソリックとプロテスタントといわれても何だかわかんないよ。1年もするとそういうことも少しわかってくるし、やっぱ議論もしたりするけども、最初、仕事の話題だけは英語、覚えるよね、3カ月かそこらで、半年でも。そうすると、最初の頃はでも、これ余談ですけど、最初はいきなり行くと会議とかでしょ?僕もぽんと入るじゃない、でも何にもわかんない。
山本 (笑)わかんないんだ。
北田 そんで、北田、意見ありますかって言われて、意見があるもないも、その何言ってるかわかんないから。
山本 (笑)
北田 ただ2回目、僕は読めるし書けると。ね、読めるし書ける。
山本 あ、読めるし書けるんですか。
北田 当たり前や、それは普通やんか。
山本 え、それは、なかなかいません。僕、読めないし、書けない。
北田 辞書引いてもできるじゃないよ、そのぐらいのことは。
山本 (笑)やっぱそうか。
北田 それはその努力次第や。
山本 はい。
北田 でも、しゃべる、聞くっていうのは、これは慣れないとできないのよ。だから僕は読めるし書けるから、事前にテーマくださいって言ったわけ、来週から。そしたらそれ、ちゃんと意見を自分で書いてみんなに渡しますって。ね、でも議論は参加できないよ、最初のうちは。
山本 なるほど。
北田 そうしてるうちに、この人はどんな人かってわかってもらわなきゃいけないの。でも、そう、どんな考えを持って、彼らの、僕も経験上そうだけど、やっぱり自分の意思をはっきり伝えることが非常に重要なんで、黙ってると考えがないと思われちゃう。
山本 アメリカは。
北田 そう、やっぱ言わなきゃだめなんだよね。だから、もちろん言う、最終的には中身の問題だけども、まず意思表示をするってことは重要なことなのね、企業の中で、特に。だからそれぞれ営業の人、企画の人、製造、いるじゃない、セール系の人って、それぞれいるわけだから。
山本 はい、います、います。
北田 それは立場があってそれでやってるわけだから、マネジャーミーティングってのは、マネジャーの人、1人か2人しかいないけど、アメリカでも、ちっちゃいボスもいるわけだから、ちゃんとそのチームの代表してる、ファイナンスの人はファイナンスのね。
山本 わかり合うためには、やっぱり一緒に仕事するしかないって僕は思ってて。やっぱりそうやって仕事してる間に、最初は何か日本から来たぞって思われてた北田さんが、だから当然正論で成果のあることをやって、で、いい商品を向こうから引っ張ってくるとかをやってたら、当然。
北田 だんだん信用されて、信頼されてくる。
山本 仲よくなっていったってことで。
北田 そう。だから日本でうまくできなくなったら、アメリカで探して作ったり、自分で香港行って工場探してきたり。アメリカの会社としての立ち位置で攻めて動きだすわけね。そうすると、その取引高はまだ小さいけども、日本時代のネットワークがあるから香港の会社なんかも、じゃあアメリカ向けに作りましょうと言ってくれたり、そう動かしていくわけよ、そうやって。そういうのって仕事の若いときの面白みだよね、ダイナミックだもん。
山本 当時、アメリカで、香港から仕入れてるとこなんかないんじゃないですか。
北田 いや、あるよ、そんなもん。
山本 あるんすか。
北田 うん。当時は、中国はないから、さっき言ったように。中国本土からはないからね。
山本 一遍、香港に入れてから。
北田 いやいや、香港に入れてからって、中国がないから、工場が。当時、中国で生産してないから、どこも、まだ。
山本 じゃあ農業ですか。ずっと何やってんですか、あの人たち。農業ですか。
北田 中国ってのは、外国向けのそういう工場とかやってなかったの。国交がまずないし。中国ってのは、さっき言った開放政策になるまでは、別に海外と商売してないのよ。
山本 ええ?全く?
北田 もちろん、もちろん。
山本 えー、鎖国ですね(笑)。
北田 そうだよ。だから四人組とか、中国の詳しいことわかんないけども、やっぱり凄惨な事件がたくさんあったり、要するにその共産党は一党主義、毛沢東の時代のいいことと悪いこと両方あるわけですね、要は。だから今みたいな経済力ないし。
山本 知らなかった。
北田 そういう大変な時代だったわけ。日本とかアメリカは香港からものを仕入れてるわけ。香港は結構ちっちゃい国だけども工場がたくさんあって、いいものを作るし。だからそういう意味ではアメリカのときに、その、要は仕入れ担当というかパーチェスを担当すると、いろんな国々から仕入れたやつ、アメリカで売れるものをやっていく。だからセールス、営業はやってなかったの。営業はさすがにできないんだよね。
男性B じゃあMDですか。
北田 MDっていうか仕入れ担当、まあ両方だね。企画はしないから。
山本 仕入れって、かなり重要な部門じゃないっすか。
北田 そう、在庫が残るか残らないかとか、いくら買ったらいいかとかね。
山本 来ていきなり仕入れやったんですか、当時。
北田 そうそう。
山本 じゃあ、もうあれですね。
北田 それはブランドごとは企画の責任者がやってたから。一番そのブランドごとの、一番、俺は語れるわけよ。日本では、こういうふうに考えてやったけど、ね。で、アメリカではこれが合ってないとかっていう差がわかるわけ。
山本 当時、何かライバルの店とかあったんですか。
北田 ライバルの店っていうか、アメリカで?
山本 そう、その事業入ったときに、こいつが、とか、ここはお手本にしようとか何かあったんですか。
北田 それは意外とないんだよね。
山本 なかった?
北田 うん。新しいことやってたから、割と。ダーバンじゃないんだよ。それはカジュアルなブランドなんで、当時はイクシーズっていうね。
山本 ああ、はいはい。
北田 イクシーズっていうブランドをやってたんで。ほかに同じようなもんはなかったの。で、あとで、ちょうどギャップが変わった頃で、そういうのがやっと芽を吹きだしてくるのが90年ぐらいなのね。日本がバブルのとき。
山本 日本がバブルのときアメリカにいたっちゅうのは、ちょっとキツいあれですね、日本が何か景気よくやってるのにってなりますね。
北田 そうそう、そんとき俺はアメリカで苦労したの。
山本 (笑)みんなが浮かれてるのに。
北田 そうそう、戻ったときにはバブル崩壊みたいな。
山本 (笑)
北田 もう崩壊で日本が大変になったんで、戻ってこいって言われて戻ったわけ。アメリカはもう大丈夫だろうって話になったんで。
山本 アメリカは、家族でみんなで行って、家族で戻ってきたんすよね。アメリカって、休日は何して遊ぶんですか。
北田 いや、子どもがいたからもう。単身のときは特にあれだったけど、まだ慣れないからね。で、車の免許も取らなきゃいけないし、環境整って、家族を呼んだときにはもう家もちゃんと手配できて、車も免許取ってたし、動けるようにしてたから。そしたら毎週子ども連れて遊びに行って。
山本 どんなとこ行くんですかね。
北田 いくらでもあるよ。
山本 遊園地とかですか。
北田 そうそう。
山本 公園とか。
北田 もちろん公園もあるし。僕がいたのはカリフォルニアのロサンゼルスだから、サンタモニカビーチもあればディズニーランドもあればナパバレーも、いろんなとこありますよ。
山本 そうなんすね。
北田 だから毎週どっかへ行くっていうのはアメリカ時代の習慣ですかね。日本に帰ってもそれを続けたけど。週末はどっかに連れてくっていうのは、もう癖付いちゃったから。それから週末休むっていうのも癖付いた。日本にいたときは独り者だったし、割と土日も出てるし、もうほとんど土日も休まないし、休まない人だったの、割と若いとき。でも家族できてアメリカに駐在してから、土日はちゃんと休んで家族との時間を過ごすっていうのが、やっぱり大事だなっていうのは、本当に感じましたね。だからウィークエンドの前、金曜日にはみんな、会社終わるときには、「Have a nice week-end」ってみんな言って、やっぱいい週末を過ごしましょうと。
山本 その当時、向こうやったら、何時から何時まで働くんですか。やっぱ9時、5時ですか。
北田 基本は9時、5時でも、マネジャー時代はそんな時間の制限は逆になくて。僕なんか日本と時差があるから、日本の朝がアメリカの夜だから、夜の8時、9時までやりましたよ、アメリカでは。
山本 それ当時は電話ですか、ファクスですか。
北田 当時は電話ですね。
山本 すごい。めっちゃ高いですよね。(笑)めっちゃ高い。
北田 電話も通じるんで。僕が行ったときはテレックスじゃなかったの。テレックスって、穴、空いてるテープみたい、だーっと出てくる、そういう時代があったの、僕らの前はね。僕らのときはもうメールが始まった頃ですね。
山本 ああ、やっと?へえ。
北田 うん。パソコンがこんなでっかい時代、アメリカの会社ではこんなちっちゃいMacintosh IIってやつがあって、それはまあ英語の扱いしかない。日本にはなかったですね。で、日本は、日本でもそれ入れてもらって、海外にかかわる部署だけはMacintosh使って。だからパソコンは早かったですよ、導入したのが。で、レーザープリンター。
山本 ご自身で使われたのも結構早かったってことですよね。
北田 そう、早い。だから88年ぐらいから、もうパソコン。
山本 それよかったってことですか、やっぱり。
北田 いや、それはないと逆に仕事にならない、アメリカはね。それよかったって、ないとどうしようもない。だから日本で、駐在に行く前にそれを買ってもらって練習して。
山本 当時、50万とかですか。
北田 いや、値段なんか覚えてないよ。
山本 (笑)、高そう。
北田 いや、レーザープリンター1個30万したの持ってたな。
山本 高い。
北田 プリンター1個30万。だってそういうの、まだ本当できたばっかりで。Apple以外になかったね。日本でもあったけど、もう全然でっかい、がっちゃん、がっちゃん、なかなかできない。
山本 何かよくあるやつですね、昔のやつ。
北田 だからいかに、そのAppleがすばらしいかっていうのは感じたよ。何年前だろな、88年ぐらいだから、ちょうど30年、違うか。
男性B そんぐらい前ですね。むっちゃ前ですね。
北田 そっから急激に進化しちゃったもんね。今のパソコンがそうやって今あるけど。
山本 今、何でもできますからね。
北田 ラップトップはね。
男性B すごい。
北田 だからメールができるようになってよかったですね、割とね。でも電話のやり取り必要だから、ロサンゼルス、夜8時が日本の朝10時だから、9時、10時ぐらいに、日本の朝、会社へ来たその海外事業部のメンバーとかとやり取りをして、そのミーティング終わってから家へ帰る、みたいな。
山本 で、寝る、みたいな。
北田 車の通勤だったんでね。
山本 アメリカと日本じゃ、どっちが住みやすいですか。
北田 今の僕、住んでる環境も、決して嫌いじゃないから。だけどアメリカのほうが住宅は広いよね。
山本 そうなんですか。
北田 うん。基本的にマンション型のコンドミニアムも一部屋が広いから、割と。で、僕は最初コンドミニアムに1人で住んで、単身赴任で。家族呼んでから戸建てに変わったのね。だからプールつきではなかったけども。
山本 プールつきあるか。
北田 プールの家ではなかったけども、借りた家はいわゆる結構住宅街だと、すごい広い家。

「物事は節目で考える」
山本 そのとき、サラリーマンだったんですけど、夢とかあったんすか。
北田 夢は、どっちかというと仕事好きだったから、そのイクシーズというブランドを世界でこのぐらいにしてやろうと思ってた。だから日本で100億以上やってたから、既にもうそのとき、うちが。で、アメリカの市場見るとその3倍できるなと思ってたから、だから世界で500億、1000億のブランドにしたいなっていう夢があったね。
山本 でかいな。僕より全然でかいっすね。すいません(笑)。
北田 で、ハワイで国際会議とかやれるようにしたらいいなと思って。だから日本に帰ったときも、日本の人たちにも、世界のブランドにするぞって言ってたし、アメリカのメンバーも育てるぞと、おまえらが将来の役員になるんだぞと。今、始まったから、今、いることはラッキーなんだと。
山本 めっちゃ意識高いな。やばい(笑)。
北田 ね、だからきっとみんな、あと10年後、20年後には、君たちが役員になれるんだぞっていうふうに、夢を語ったりして。
山本 それいいな、それやろ。
北田 やっぱりできあがってる会社に入ると、一つの駒になってしまって、そこの社長になれったって、なかなかなれないんだよ。
山本 なれないです。
北田 ね、何千人もいる中で何人かはなれるんだけど、そんな、運もあるわけで。ね?入ったときは僕もなれると思わなかったけど、誰も思わない。言ってみたはいいけど、それ言ったとこで現実性が高くない。でも新しい会社ってのは、そのチャンスがみんなにあるわけです。
山本 ありますよ。
北田 それが、みんなが、そしてオーナーが、だけじゃなくて、君たちがなれるんだっていうのが。
山本 それだよね、北田さん、その。当時多分40歳ぐらいですか。
北田 35歳。
山本 35歳のサラリーマンって、僕のまわりではそんな熱く語る人はいなかったですけど、北田さん、むっちゃ熱い。
北田 まあそういうタイプだったんですよ。
山本 いや、めっちゃそれはすごいですね。それは偉くなりますよ。
北田 結果的にはそういう仕事を、責任増えましたけども。若い、その30代のときに一番ね。
山本 じゃあやっぱアメリカ人、そこまで言うんやったらこれぐらいやれよ、みたいな感じで言ってくるんですか。
北田 そういうことはしないね、一緒にやろうって、みんな。
山本 うわー、めっちゃいい。
北田 営業も頑張るから、そういうもんやって。
山本 僕もその会社入りたい(笑)。
北田 というふうに、僕はそう言って、人をやっぱり一生、仲間として。その代わり自分も、率先垂範、有言実行っていつも言ってるんですけども、やっぱり自分で言って、やる。有言実行は大事で。日本人は言わないで、黙っててもわかるだろ?と。
山本 多いっすね。それ、だめですね。
北田 そういうのはやっぱりよくないと思って。やっぱり自ら宣言してやることが大事で。その率先垂範が大事なのは、やれっていうよりも、やってみせるのが大事だから。だからそれは、あとも僕が違う会社にいったり異動したときも、やっぱりまず背中で見せるじゃないけども、それ昔風じゃなくてね。やっぱり商談も横に座らして、商談をやってみせて、聞いてた?とレクチャーする。何であんとき俺がこう言ったと思う?何であのとき相手はこう言ったと思う?それすべて解析してやるわけ。で、あそこでは二つぐらいカード切るのあったけど、何でこっち選んだと思う?とかって、そういうのをちゃんとレクチャーして教えるの。そうすると、ああ、こうやって商談ってするんだと。で、最後、こうやってまとまったろ?何でまとまったと思う?って。そういうのをオンザジョブで。
山本 偉い。35歳で、それはできないですね。
北田 オンザジョブで、
山本 意識高いですね。
北田 たまたま。
山本 モチベーション高いわ、その何か源泉とか何かあるんですか。僕も結構高いほうなんですけれど。
北田 うーん、何でしょうね。僕は多分、高校、大学時代に、別に民間企業で働くって、あんま、つもりなかったんで。
山本 言ってましたもんね(笑)。
北田 なれるんだったら、割と、人のためになるようなことがかっこいいとすればですよ。当時、まだ学生だから。司法試験受かんなかったけども、要するに学校の先生の資格も持ってたし、それからちょっと民間だと、金もうけするっていうことよりも、結果的に金は入ったほうがいいけども、要はもっと社会のためになるような何か仕事できないかなと、ちらっと思ってたわけね。
山本 大学生の頃は。
北田 そうそう、それは甘いんだけど、簡単にはなれないんだけども。
山本 (笑)
北田 で、結局民間へ入ったときも、モチベーションっていうのはあんまりはっきりしてなかったわけ。でも自分が思ったのは、一緒に同期で入ったやつが、内定すると研修とかやるじゃない、最初、配属前に。そのときに、もうすごくハードな時代だったから、忙しいし、で、結構厳しいし。じゃあもう入ったすぐに、もう愚痴ばっかり言ってるやつもいるわけよ、こんな会社ひどいとか、休みがないとか。
山本 何かいつでも一緒ですよね。
北田 ところが僕は全然、そういうのを聞いてて、何でそれ言うんだろうなと思ったわけ。僕は最初入社して1カ月間、研修も休まなかったし、1年目で10日も休んでないわけよ。
山本 1年目で。
北田 1年間で。
山本 すげえな。
北田 でも、
山本 自主的に行ったってことですよね。
北田 もちろん。だからそれって何でかっていうと、自分で決めて、3日間っていうのは最初何とも言えないけど。わかんないじゃない、3日や1週間じゃ。だから、自分はこの会社に一生いると決めるからそうストレスになるんだと。ね?いつでも人生としては転機は訪れるかもしれないから、辞めることもあるっていう前提に立てば、別に今やってる仕事に対していちいち文句言ってる必要はないと。
山本 でも当時、じゃあ北田さん、それを例えばその愚痴言ってる同僚とかに言うんですか。
北田 言うわけ。それ言うときはもう少し説明すると、その代わり、そうは言っても日常は前に進んでるわけだから、だから今、若い人にも、節目を作ればいいと。最初、1カ月、3カ月、半年、1年、3年、ちょっと伸ばしていくわね、3年、5年、10年、決めた節目になったら考えなさいと言う。
男性B それまで黙って頑張れと。
北田 そこまで一切文句言ったらだめ。で、その日が来たら、この会社にいるべきなのか、ほかへ移るべきなのか考えなさいって。だから節目まで一切迷うなって言うの。
山本 それはそうですね。それはいいっすね。
北田 毎日毎日、迷ってて、この会社いていいのかな、どうかなって、いい仕事できないから。ね?それは社長の会社の社員にもいるかもしんない。毎日毎日、この会社どうなんだろ、将来いいのかなとか、僕は向いてんのかなとかって悩む人もいるかもしんない。でも一定の期間きたら考えなさいって、辞めてもいいんだよ、別に。辞めることは恥ずかしくないのよ。そのときまで考えるなってこと。それ、節目理論って僕は言ってるんだけど。
山本 節目理論(笑)。
北田 節目理論、節目まで考えない。
男性B めっちゃ男らしい。
北田 ね、一切こう。その間、それをちょっとずつ伸ばしてけと。3年、5年、10年、15年、20年ってやるわけよ。僕は結果的にずっといたんだけどさ。でもその時々に、そうやってやってると人が評価してくれたりすると、役職も上がったりするわけよね。
男性B あ、確かに、ね。
北田 だってそのとき一生懸命やってるわけだから、別に文句ないし。ね、そのやり方、だから自分が偉くなったらそれを改善してあげようと思うよ。こんなやり方よくないなと思う、でも自分はやるのは構わない。よくあるのは、自分が体験したつらいことをまた部下に押しつけるやついるわけよ。俺は若いときこうだったみたいな。これ、だめ。だから経験した節目で、自分が経験したくなかったことは絶対させないと。
山本 させない。
北田 させない。だから休みはちゃんと取らせるし。
山本 それはなかなか難しいっすね。やっちゃいますよね、人間は。
北田 それは重要なことです。成功体験があったやつほど間違っちゃうの。
山本 北田さん、日本人に見えて、何か結構アメリカ人っぽいですね。
北田 あ、それはよく言われる。
山本 ねえ、すごい外国人的でいいわ(笑)。
北田 でも、アメリカ人もいろいろいるからね。日本人的っちゃあ、日本人なんだよ。でも古い、僕よりちょっと先輩たちの高度成長期のサラリーマン集団の人たちとはちょっと違う。発想が、そこはね。
山本 いいってことですか。
北田 いいか悪いかは別として、僕は、それは30代の若いときに海外に駐在したり経験さしてもらったことが生きてるからね。ただし、自分が会社に守られてるってことができないわけだから。看板で勝負できない。自分の、個人が頑張んなきゃ発展できないでしょう?でも、ずっと大会社いると、看板で守られてること知らないやついっぱいいるわけね。
山本 それはみんな言いますね。
北田 よく僕はだから、課長、部長のときに、部下の人とかに企画のとき叱ったのは、デザイナーと、商社とかメーカーにちやほやされるわけよ、もう。
山本 (笑)
北田 看板がおっきいから。物も買ってくれるし、相手の部長とか課長の人が何度も何度も来てくれる、ご飯を食べましょう、ゴルフ行きましょうってね。ごちそうされるとか、いいけども、おまえが大事でやってんならいいよ。
山本 それ、普通、調子乗りますって。
北田 だからそういうのをがつんとやるの、だから。
山本 (笑)
北田 調子乗りすぎると、大抵向こうの上司が来るからね、話がある。いやあ、ちょっと最近大変なんですよって。
山本 どんな感じですか(笑)。
北田 クレームくるから。
山本 (笑)
北田 だから、がつんとしなきゃ。
山本 なるほど。
北田 営業なら、僕は百貨店とかよく知ってるでしょう?
山本 はい。
北田 百貨店のも偉そうなやついるわけよ、若いのに。俺は大百貨店の社員だから。で、僕らに調子いいやつはいなくても、まあ、年齢差もあったし、あんまりひどいやつは僕は上に言うから。要するに、おたくの会社を思って言うんだと。あの人は、あのまま置いといたらよくないかもしれないよ。考えてあげたほういいよ。もちろん言葉はもうちょっと丁寧に言うけども、大体それ飛ぶね、そういうやつ。
山本 (笑)
北田 要するに、俺、逆にわかるから。もう得意先の上司がやっぱ一番つらいもん。よっぽどじゃないと言ってこないから。こっち客なのに絶対言ってこないから、普通は。
山本 そうですよね、客ですもんね、お客さんですもんね(笑)。
北田 で、俺が相手に言うってことは、明らかに客なのに(笑)、あえて言うというのは、よっぽどでないと言わないから。社内の評価ばっかりに目を向けてるやつはだめなのよ。得意先からも、取引先からも愛される人になんなきゃだめなんです。要は、自分の上司ばっかり見てる。社長ばっかり見てるやつだめなんだよ、だから。
山本 ええこと言いますね。多分いつもええこと言ってるとは思うんだけどね(笑)。
北田 それ、ええことじゃない、普通。そこはとっても大事で、周りからいい評価得てると、社内も自然とよくなるんだよ。上司は上とつき合ってるからね。おたくの会社のあの子いいねって、あの社員いいねって。いい評価ももらえるわけ。
山本 そんな一言めっちゃうれしいですね。
北田 めちゃめちゃうれしいでしょう?やっぱあの営業いいよって。僕言ってあげるもん、だって。
山本 そうですか。それ、向こうも喜ぶでしょう?
北田 言われたら、相手の社長も喜ぶけど、きっとその本人は社長からいい思い受けるんだよね、こいつは頑張ってるなっていう。
山本 そうですね。そうしたら、また、ここに戻ってきますもんね。
北田 そう。だから、他社もやっぱ利害関係ありそうで、社内って一番利害関係強いじゃないですか、結局は。
山本 それって、ほめて伸ばすっていう、それはかなりほめて伸ばすに当たりますね。
北田 だからもちろんほめて伸ばす。
山本 僕、何か、何でもほめて伸ばすがはやった時期あったじゃないでですか。
北田 今でも、でも、叱るのも大事だと思いますよ。で、まあ、ほめるのも大事だと思うし。でも、あんまりほめ上手じゃないからね、僕は。
山本 だって厳しそうじゃん(笑)。
北田 ほめ上手ではないかもしれん。
山本 いや、ほめ上手はめっちゃ難しくないですか。
北田 うん、だからそれはあんまり上手じゃないかも。
山本 あり得ないです、僕は。

「部下を怒るな、叱れ」
北田 まあ、でも、叱り方っていうのはよく考えてました、若いときからね。要するに、若い子って態度に出ちゃうと、自分の感情にまかせて怒るやついるわけよ。これ、一番だめなの。相手がわかってないの、ほとんど、怒られてる側が。怒られてるってことしかわかんない。で、何を言われてるかって、本質的なことが伝わってないケースが多いんですね。だから、叱ると怒るは違うとよく言うよね。叱るというのは相手にわかるように言わなきゃだめ。相手のタイプ見極めて、大きな声でばーっと何か言ったら、相手がそれでわかるわけがないよね。それは、本人の、自分のストレス発散みたいなもんだ、言ってる側の。要は、自分がわかってないけど大声出したりするんであって、相手に何も伝わってないから、恐怖心しかない。
山本 じゃあ、どうやって怒るんですか。
北田 だから叱るんですよ。怒っちゃいかんの。
山本 難しい。僕だめだ(笑)。これ、ちょっと詳しく教えてください。
北田 怒るっていうのは、自分の感情を発散すること。
山本 叱るは?
北田 叱るは、相手がわかるように話す。だから、言葉が丁寧っていうか、優しくなくてもいいんだよ。優しすぎなくてもいいんだけど、なぜ俺があなたにこれ言ってるかってわかるように話す。これ難しいんだよ。
山本 難しい。今、全然わかんないです。今、多分、叱ってると思うんですけど(笑)。
北田 いや、叱ってない。
山本 えぇ(笑)。
北田 違う違う。全然叱ってない。
山本 爆裂に叱られてるかもしれん(笑)。
北田 そうでなくて、これ、意外と難しいんだけど、親子の関係でもそうだけど、特に近きゃ近くなるほど人間って感情抑えられなくなるんですよ。
山本 子どもの叱り方、めっちゃ教えてほしいの、俺。
北田 だから、会社でも身近になってかわいがってるやつほど強くなったりするわけよ。だから、
山本 わかるわかる。
北田 家でも子どもに対しては、お母さんも結構強く、感情ばーって出ちゃうんですね。でも、母親はちょっと別なんですよね、男とは別なの。母親はつながってんのよ、子どもとは。
山本 何(笑)、どういうこと?
北田 これは、自分の腹から生まれてる子だから、これ、ちょっと違う。男は理解できない世界だから。女の人はね(笑)。でも、男の場合は、子どもに対して、ただがんがん怒ると子どもはそれを素直に受け入れなくなってくるかもしれないよね。ただ怖い、終わり。
山本 それは、どうすれば。
北田 いや、だから、わかるように話してやんないとだめなの。それが叱り方なの。これは別に、私、教育評論家でもなければ、何でもないんだけども(笑)。いや、そういうのは難しいなと常々思いながら、もう長年生きてる。
山本 もちろん失敗した叱り方もあるし、成功した叱り方もあるし。
北田 そうそう。だから、もちろん手を出す出さないってのは、会社だったら、手を出したら今どき大変なことだけど、昔だったらもう蹴る、殴る、物投げるなんて当たり前だったんだぞ。
山本 (笑)
北田 ものすごい大きな灰皿とか。
山本 (笑)
北田 その時代、パワハラって言葉ないから。
山本 ないない。当時は存在しない。
北田 言葉も窓から飛び降りろとか死ねとか、そういう時代だから。今ならすぐもうお縄にはならないけど会社責任。
山本 まあ、ぐちゃぐちゃになりますね。
北田 そういう時代に生きてるから、言われても少々のことじゃあ何とも思わないです。今の若い子におまえ死ねとか、窓から飛び降りろって、本当に飛び降りるかもしれないですね。
山本 (笑)
北田 椅子とかばーんって蹴飛ばしたり、殴んないまでも肩どーんってやったりしたら、それはもう犯罪行為に近くなるでしょう?
山本 そうですね、今はね。
北田 昔はそういうのあって、それにどう対抗するかみたいな世界でもあったけど(笑)。
山本 (笑)
北田 まあ、でも、それは慣れも怖いもんで、まあ、慣れれば、あの人くるなとかタイプでわかるからいいんだけど、まあ、ちょっと話それましたけどね。だから、怒り方っていうのが叱り方になって、だから相手が本当改善してくれれば一番いいわけでしょう?
山本 うんうん、いいです。一番いいです。
北田 そうですね。だから自分が怒るだけで、怒るって感情的に言うだけで相手が本当に変わったことがありますかってことなんだよね。一時的に、怖くてそれをやらなくなるとか、本当になぜそれをやっちゃいけないのかとか、何が間違ったのかって、本当わかっただろうかって確認する必要ある。
山本 ようありますね。
北田 だからそれ、ちょっと細かく言うと、聞くことなんですよね。
山本 わかったか?
北田 違う違う。一方的にこれは間違ってるだろうと、これおかしいだろうとかって言って、こっち側の判断を伝えてるだけで、なぜそれをしたのか、どういう理由でそうなったのか、相手に説明をさせる。で、説明すると、やっぱり何か考えるのよ本人は。一方的じゃないから。
山本 35とか40歳ですごいですね。僕もう、先にむかつきますわ。めっちゃむかつくから、めっちゃむかつきますやん(笑)。
北田 それ、俺は子どものとき短気だったのよ、実はね。結構短気で、親に短気は損気って言われた。短気は損気。怒っちゃだめってずっと言われてた。
山本 でも、北田さん、58%で売ってこいって言ったのに55%とかで値下げしちゃいましたとか言われたら、めっちゃむかつきません(笑)?
北田 何を?
山本 商品とか。ちょっとお客さんに言われて値引きしちゃいましたとか言われたら、何言うてんの?みたいな思いません(笑)?
北田 それ、何でかって聞くよね、やっぱな。
山本 あ、そうですか。
北田 何で会社が60しかだめだって言ってるのに、何で勝手に55にしたんだって。
山本 男前ですね。
北田 でも、それ、60の権限を与えてるけど、与えてるわけじゃん、その人には。商談をする権限で60まではいいよって。それ以下はだめだよって言ってあるでしょう?だから、まず、何を与えてるか、その人に聞く。責任と権限のこと。
山本 そこから説明させるってことですか。
北田 それが大事なことですね。だって部下には責任と権限があるんだから、責任ばっか取らせるんじゃなくて権限与えなきゃいけない。で、60まではOK。以下の場合は会社の判断だよってずっと言ってれば、勝手に55受けないじゃない。
山本 それはそうですね、要は。
北田 それでも、それ言ってるのに55受けてきた。何か理由あるんだろと思うでしょう?
山本 確かに。カッカするのやめます、もう。
北田 そうでしょう?自分がどんな指示をしてるかをまず考えなきゃだめなの。的確の指示をしてればそうはならないはずだから。でしょう?
山本 まあ、そりゃそうです。それもおっしゃるとおりで(笑)。

「ルールの破り方」
北田 でも、俺、上司の許可要るような話でも許可なしに受けたことあるよ、若いときに。それは会社のためになると思ったから。
山本 じゃあ、もうだから、何でやったって言われたら、会社のためになると思ったからです、以上で。
北田 だから、そう説明するよ。こういう理由で、これは受けたほうがいいと思いました。だから、私、お受けしましたって。大体、そうかーみたいになるよ。
山本 いや、そんなこと言ってくるやつがいたら、むっちゃかわいいですね。
北田 でしょ?
山本 うん、すげーな。
北田 だから、深く考えたからルール破って受けてる。
山本 そっか。
北田 例えば、百貨店なんか営業マン呼ばれてるじゃない。各メーカー来てる。相手、係長なんかいて。今度、催事があるんで、こういう商品出してほしいとか依頼されるわけ。
山本 依頼される。
北田 まだ新入社員ぐらいだったら、要するに、判断しようがないじゃない、そんな商品出していいんだか悪いんだか。基本的には上司に相談すりゃいいんだよね。大事な案件で物を、特に、例えば、セールのってなったら値段安く出せって言われるわけだから。そういうの勝手に受けられないじゃない、要は。あるとき、係長がいて、メーカーは10社ぐらいいて、俺がそこにいたわけよ。
山本 何歳ぐらいのときですか。
北田 いや、まだ25ぐらいのときで。で、おまえのとこ、じゃあ、例えば、パンツ100本出してくれとか。
山本 そういう感じでくるんですか。
北田 それはもう担当レベルの話だから。相手はまだ新入社員だから。おまえのとこもシャツ何枚なとか、要するに、係長は材料を集めたいわけ。
山本 材料をね。
北田 セールするのに。
山本 売り場作りたいわけだよね。
北田 そうそう。それも5000出してくれとか、もうむちゃくちゃに言ってくるわけ。
山本 (笑)、ほんますか。
北田 そうそう、そういう時代だから。バブル時代で売れるから、要するに、出しちゃあ売れる時代だから。で、在庫があるかどうかもこっちわかんないから。会社帰って、あんのかなあ?みたいな。
山本 (笑)
北田 そんな商品あったかなみたいな。プロパーで売ってる商品は知ってるよ。今、店頭に並べてるから。そんな安く出せる商品で、去年のやつとか残ったストック、どんだけあんのかなと思いながらも。で、何人か答えられないわけよ。いや、もう、ちょっと会社帰んないと返事できません。そういうのばっかりだった。怒るでしょう、係長。おまえら何しに営業部来てるんだってなった。どんな権限をもらってんだって。何の返事もできないのかってなったわけよ。いやいや、すいません、みんな会社帰って、会社帰ってってね。
山本 いや、それも、そんな言い方だったらむかつくな。言ってますよ、俺。
北田 そう、俺、出しましょうって言ったの。出してくれんの?出しましょう、いいですよ。その代わり言ったのは、1本も残さず売ってくれっつったの。
山本 (笑)
北田 返品は受けませんよっつったの。これは自分で考えたわけよ。受けましょうって。
山本 何かさすがね。
北田 その代わり、1本も返品しちゃ困りますよって。そしたら、係長、わかった、おまえが出したの全部売ってやると。
山本 (笑)めっちゃ面白い。
北田 ほんで帰った。会社で、実はこういう話で。
山本 (笑)
北田 で、受けましたっつったら、えーとか言うわけ、上司。そんなん今まで受けたことないんだからみたいな。でも、1本も返品ないっていう約束しました。まあ、じゃあ、いいかみたいな。
山本 (笑)
北田 それはルールに反してるけども、それは相手と関係性を構築できる。
山本 そうですね。
北田 他社のやつがみんな、営業マンが私は責任ないんで判断できませんって言ってるときに、こいつ信用できる。それは人間を売ってるわけじゃないんだけど、そこはやっぱある種、会社を売り込むのと同時に自分自身を信用させる。こいつ若いけど責任感あるわ。その代わり言ってくるなと、返品うけないって。要するにこれ、商談。
山本 いや、むっちゃでデキますよ。
北田 これ、商談の、あとでネゴシエーションの方法論って僕が作ったやり方、セミナーとかで話してるんだけど、その原点になる話なんだね。
山本 へー(笑)。
北田 原点っつっても、ネゴシエーション術っていうのがあるんだけど。そのときは、若いときは自分なりに一生懸命考えて、どうしよう、どうしよう、俺も会社帰ってって言おうかなと思いながら、びびって、順番が来て。
山本 (笑)
北田 何て言えばいいかなって。在庫あるかなって、本当わかんないから。でも、わかりましたって。
山本 まあ、どうせあるやろなみたいな。
北田 そう。まあ、何とかなるだろみたいな、そういうね。まあ、いいかげんなとこも大事なの。
山本 まず、じゃあ、その百貨店の係長なんかとは、やっぱり仲よくなったんですか。
北田 いや、そのあと30年ぐらいつき合ってるな。
山本 えー。
北田 そいつがあとで、店長なってさ。
山本 うれしい。
北田 その人、年上だから。やっぱかわいがってくれるよね。そういうのって一生覚えてる、相手は。
山本 わかる。
北田 あのときのおまえな、って。
山本 覚える覚える。俺もそういう人おるわ。
北田 印象深いわけよ。若いときにとか、あと、けんかした相手とかね。けんかした相手なんかよく覚えてる。
山本 覚えてますね、確かに。
北田 そういうのが残る。
山本 いい意味で。
北田 偉くなるとネットワークができるんだよ。
山本 戦友ですもんね。
北田 そういうのがいっぱいおるからな。一緒にパッキン担いだ伊勢丹の前の社長の大西なんかもそうだし、一緒にパッキン担ぐ仲間だからね。それは、社長の大西さん、天下の百貨店グループのだよ、俺、携帯にも電話できるわけよ、いつでも。
山本 (笑)パッキン。そりゃ、一緒にパッキン担いだらね。
北田 一緒にパッキン担いで汗流してさ。
山本 缶コーヒー飲んでね(笑)。
北田 っていうときからつき合ってる。こういうネットワークって割とわかりやすい。ネットワークは、もう一個、若い頃からつき合ってなきゃできませんかっていうわけでもないですよね。それは新しく大人になってからつき合い始めてもネットワークは作れます、これはまた別の話だけど。まあ、今言ったのは、そうやって会社の信用度を上げていく、個人の信用も上げていくって方法論はある。
山本 会社の信用と個人の信用。
北田 そう。それはルールを破ってもいい場合があるの。でも会社は正しく、社長は指示を出しておく必要がまず最初にある。だから、さっきおっしゃった58を55で受けたら頭きますって言うけど、それは指示の仕方が悪いの。
山本 (笑)きつっ。わかりました(笑)。
北田 そう思わない?
山本 厳しい。いや、そう思います(笑)。そう思います。
北田 曖昧な指示出してるから、そういう返事になるの。
山本 だめなんすね。すいませんでした。頑張ります(笑)。今日、帰って考え直します(笑)。
北田 だから、怒ると叱るの違いっていうのは大変難しいんだけど、私も人間だから感情的になるときもあるし。
山本 怒ると叱るは確かに違いますね。
北田 だから、そこはなかなか難しい。と、今でもじゃあ、北田さん、言うとおりやってんですかったら、もう100%やってるとは言えないけど。
山本 いや、難しい、そんなの。
北田 そういうことを意識して話するだけでもちょっと変わる。だから、聞くって大事ですよ。これ、商談の基本でもあるけども。
山本 向こうにしゃべらせるってことですよね。
北田 うん、向こうにしゃべらせる。
山本 そういうことですね。
北田 聞く。うまく聞き出せれば、情報をどんどん得られるわけだから、そしたら、こっちの内容も作戦も練り直しできるし。一方でこっちばっかり言いたいことを言ってると、相手しゃべらせないと商談にならない。

「社員ができないといけない」
山本 自分も在庫処分の話なんですけど、普通言われるときは、この在庫は残ってるねんって話になるんですね。じゃあ、この在庫、何で残ったん?って話なったら、どこどこで売れなかったやつとか。じゃあ、ほかの会社で売れなかったやつはどうしてるんですかとか。じゃあ、ほかの会社から返ってきた商品はどうですかって。いや、これもある、これもあるって結構出てきたりするんですね。じゃあ、それ全部買いますわって、買わしてくださいみたいな話もできるから。あとまあ、じゃあ何でこれ、うちに頼んだんですかとか。いえいえ、どこどこに頼んでて在庫処分うまくいかなくて。何かテレビで売るんで電話してみたいな感じになると、何か引き出したぞ感がありますね(笑)、勝ったと。
北田 だから、相手がちゃんと全部説明してくれる人もいるだろうし、なかなかうまく説明できない人もいるから、だから、聞き出す能力って大事ですよね。それは社長自身じゃなくても社員さんがうまく相手を引き出す。それトレーニングしといたら。
山本 社員、そう、僕じゃなく社員がね。
北田 そうそう。社員がやんなきゃ。
山本 できないとね。
北田 社員が(笑)。
山本 (笑)
北田 いつまでも1人でできないんだよ。
山本 いや、それも思います、いまだに(笑)。
北田 そういうノウハウを、さっきも申し上げたように社員が横で一緒に商談を見て、社長がレクチャーしてあげたらいい。何で、俺がああしたかって。
山本 いきなりできないですよね。
北田 そうそう。一緒に行って、何で俺、あそこで聞いたと思う?とかっていうのをやると、すぐすぐ覚えます。ポイントって現場でしか出ないんですね。会社で教科書でやってても全然わかんない。
山本 それはおっしゃるとおりです。アドリブですもんね。
北田 そう。で、こういう会話は、ある程度事業をやってるから、何となくピンとくるから合うんですよ。ああ、こういうケースね、こんな話もねって。これ、全然やってない人に言ったって、へーみたいなもんですよね。だから、事業やってる人は、あーなるほどなるほどって。そういうのって、感じない人と感じる人ってある。
山本 いい教育ってそっち側ですよね。
北田 そうそう。だから、社員さんにはやっぱりそういうオンザジョブのトレーニングの、OJTを社長自らやられるのがいいんじゃないですかね。一番伝わりやすいですよ。まあ、一応信用してる社員さん、側近の人がいれば。
山本 現場を使えってことですね、やっぱり教育っていうのは。
北田 うん、そう、現場へ出ていって一緒に商談して、だんだん行かなくなっちゃうから、きっと。
山本 なると思います。
北田 やっぱり現場へ行って物を見て確認して、仕事を見せると、社員さんみんな、あー社長自らそうやってやるんだと。その代わり、俺がついていっても何もやることなかったじゃなくて、ちゃんと聞かれたら、本人、緊張して見てるんですよね。あとでレクチャーするからなって、先に言っとくと。そうすると、どういう会話をするか一生懸命聞いてる。
山本 あとでレクチャーするからなって。
北田 そう。だから、行く前に今日のテーマこれだよなって最初言っておくんですよ。今日のテーマはこれで、一応こういう方向に持っていきたいと思ってるんだけどって、社員に説明してもらう。で、終わったらあとでレクチャーするからねって言っとくと。
山本 ちょっと緊張する。
北田 同席した社員は、今日のテーマとか言われて、社長はこんな話しようと思ってるんだって考える。社長の商談がどんなのかって、前も知ってるから。で、結果どうなったかっていうレクチャーをする。そしたらすごい伸びる。1、2回やるだけで、そいつはスムーズな商談っていう、社長の商談方式をわかるね。社長はなぜこうやった。だから、それが尊敬する社長であればあるだけ、社長への信頼が増す。あ、そうやって判断してんだ。
山本 思うんすけど、一般の社員って何が会社のためなのかってわかってない人多いと思ってて。商談に一緒に行けたときに、社員が社長は何であのとき判断したんですかったら、いや、こっちのほうが会社にとって利益あるやんって言ったら、確かにそうですねっていうことが結構多くて。従業員の人って、よっぽど見えてない人多いんやなっていうのが、まあ、よく思います。でも、それ偉そうに言うと嫌がられるんで(笑)、下から言うって感じだけど。
北田 今、社内教育はどうやってますか。
山本 もう、おっしゃるとおり、オンザジョブトレーニングですね。
北田 中心で?
山本 うん。一緒に行って、でも、営業うまくなるやつはやっぱ、まあ、5回も行きゃあ大体うまくなるって感じですね。
北田 できれば、それをオンザジョブでやるのが一番、まあ、その人個人個人にはよるんですけども、舞台がちょっと大きくなってきて、もう全員を連れていけないじゃないですか。要は、自分が全部できないじゃないですか。誰かに任していかないと、だんだんにね。そしたら、それの何かノウハウみたいな部分が、ポイントっていうかな、そこを自分でもし整理されてるんだったら、それを社内ミーティングで説明するといいです。それを繰り返し月1回ぐらい勉強会開いて、それが社長のやり方だってことを伝えていく必要がある。で、具体例も挙げながら、この間のこの商談の場合はこうだった。ちゃんと黒板に書く書かないは別問題ですけども。
山本 共有していくってことですね。
北田 共有していく。で、そういう勉強会みたいなミーティングを毎月やるのいいですよ。それおすすめします。僕は毎月そういうのをやってました。だから、それを教える側、まあ、僕はたまたま教員の免許を持ってたりして、割と教えるの好きだったからってのもあるけども。話すの下手かうまいかも個人差あるんですけども、自分が何か伝えよう、教えようと思うとまとめなきゃいけない、その前にね。
山本 僕らがね?
北田 そうそう。自分本人。
山本 それは、めっちゃやりましたね(笑)。
北田 これが大事なの。これをノートに毎回、毎月まとめていって、今月のテーマはこれにしてこんな話しようとかって書くのが大事なの。
山本 確かに、社員呼んできてミーティングやるぞって、何もまとまってなかったらダサいですもんね(笑)。
北田 適当にただしゃべっても、あいつらも何メモしたらいいんだ、どこがポイントか。
山本 わかんないですよね。
北田 ちゃんと本人が今日のテーマこれで、鍵になるのはこういうことだなっていうんで、まあ、例も挙げて、30分とか決めて。
山本 30分でもいいんか。確かに30分でも集中したら結構いけますね。
北田 十分。だからご本人の勉強にもなるんですよ。
山本 確かに。
北田 それ気づくんです。こういうことも言ったほうがいいなとか、そういうの。僕は、そういうノートって結構ばーっとあって、30代ぐらい、店長会議 でやってるやつが。
山本 すげーな。
北田 それを振り返って、去年の3月、何話したっけ?みたいに、これを見ると、こんな話、去年もしてるなみたいな、これは繰り返しやったほうがいいなとかいうのがいくつかあるんですよね。で、たまにでいいやつもあるんですよね。
山本 そんな、俺、おやじがそんなノート持ってたらめっちゃ読みたいですけどね(笑)。子どもとかにいいんですけど(笑)。
北田 それは、いまだに、俺、去年、セミナーで講師やるときに一回全部資料見て、あの時代に作った販売ルート(笑)。
山本 (笑)
北田 このキーワードはいいなとか。若いとき優秀だったなと、俺、自分で思うもん。あの頃はすごいなとか自分で思ったりして、よくやったなみたいな。
山本 (笑)
北田 今、ずぼらや、ずぼら。社長業になってしまうとずぼらなんですよね。もうちょっと課長、部長とかっていったら、もう。
山本 それ、もう言われる、やばい。
北田 舞台を直接的に教えていくから、で、一緒に動くでしょう?
山本 思います。細かくなくなったって言われます僕、めっちゃ。
北田 だから、それを整理しとくといいですよ。で、それを人前で話すっていうのは社内でいいんですよ。社外じゃなくて社内でいいから。まあ、だから上司の話はみんなまじめに聞きますよ。
山本 まあ、そう、短ければ。
北田 うん。だから一応上司なんだから、給料払ってますね。まじめに聞いてない社員は厳しく。
山本 (笑)
北田 寝てるわけにいかないでしょう?やっぱり、そのときに。
山本 ふざけんなって言われる。
北田 そうするといいんです。聞く側も聞いてくれるから。そのときに大事なのは、30分話をして質問とかやる。一方的に終わらせないことです、わかってない人いるから。
山本 それ、ってか、わかってないのをわかってる顔するやつがいますね。
北田 そう。それで質問したり、質疑応答したりして、そこでコミュニケーションすれば、日頃しゃべらない社員がしゃべるかもしれないし。
山本 確かに。
北田 意外と、あれ?って、意外な反応あるかもしれないです。あ、こいつ意外と考えてんなとか、こいつ意外といいかもって気付くんですよね。営業はこいつ優秀だけど、でもこいつ意外と、営業じゃなくて違うことやらしたらいいかなとか、それに気づく。社員の生かし方。
山本 それを毎月やるってことが大事なんですね。
北田 毎月やる。それ、決めてやることなんです。それ、休まない。絶対にサボらない、自分からね。
山本 いやあ、めんどくさい(笑)。
北田 毎月、自分で決めて。
山本 わかりますわかります。親父に言われてるみたい (笑)。
北田 やると、自分も整理つくしね。
山本 いや、まあ、そうです、おっしゃるとおり。

「店長の仕事とは」
北田 僕は、それ若いときにやってよかったと思うし。で、今、セミナーの資料、今日は持ってこなかったけど、やっぱり結構まとめたら、基礎編、応用編とか考えてんだけど、それなりのボリュームになるんですよね。で、これはまあ、今、リテールの、いわゆる小売業の店長さんとかの売り上げ上げるための方法論みたいなやつを教えてるんだけど、それは感情的な部分だけじゃなくて、何を毎日すればいいかを教えるんですよね。
山本 何を?
北田 要するに、自分ができることを教えなきゃだめなんで。こうやったら売り上げ上がりますと書いても、本人はピンとこないとできないでしょう?
山本 できない。
北田 ああ、そうか、いいなと思うだけで。明日から帰って何すんの?って、できなきゃだめなの。具体的にこれをしたら売り上げ上がるってことを教えてあげる。それは、実際それやって売り上げ上がったっていう証明がないと、自分でも説明できないよね。だから、本に書いてあるのは、こうしたらいいですよっていっぱい書いてある。
山本 例えば、簡単なことで言えばどんなこと書かはったんですか。
北田 まあ、要素はいくつかあるんですけども、基本の基本っていうのはマーケティングミックスっていう一つの言葉で表せれるんだけど、要するに、ビジネスはすべてマーケティングミックス、マーケティング活動のミックスだから。で、僕はリテールビジネスにおけるマーケティングミックスっていう自分なりに作ってるんですね、それは自分の体験上で。その構成要素を僕4Pって呼んでるんですけども、通常、本なんかで4P書いてるのとちょっと私の4Pは違って、これは商品とか、売り場とか、人とか、販促とか、要はそういう話。商品はプロダクトですね。で、場所はプレイス。
山本 プレイス。
北田 で、人はパーソンズ、販促はプロモーション。
山本 なるほど、人が違いますね。
北田 普通はそれ、プライスとかやろ、プライス。で、人は外す。でも、リテールにとって4P大事なら人はとっても重要な要素です、販売要素にしてもね。プライスももちろん重要だけども、MDとしてはプライスも入ってくるよね。
山本 そうですね、わかる。
北田 この4PとPDCAサイクルを回すっていうのは基本中の基本なんですよ。じゃあ、そこまではみんなわかる。じゃあ、それをどういうふうに、その4Pをプランニングするの?で、4Pのプランニング。まずPDCAのPのプランニングが大事なのは間違いないですね。だから、どんな会社でも予算を作る、計画を立てるをやるけども、店長も数字だけ会社からきました、今月1000万売りなさいとくる。だけど、じゃあこれ、どうやって1000万作るんですか、というときに、その4つのPに分けて考えるってことなの。まず商品は月初在庫、今いくらありますか。数字化なの全部。店頭残ってるの、材料費。この予算いくらですか。じゃあ在庫、いくら今月納品必要ですか。月末はいくらが正しいんですか。だから適正在庫っていくらなんだ、自分の店に対してのね。これ勉強しなきゃいけない、まずね。まあ、そこから始まるんですけども。だから、商品は、まず量、あと質。どんなタイプの商品がどのぐらいあったらいいのかっていうのは質の部分があるので、毎回そうやって全部やっていくんだけど、それを1年やると、去年どうだったか、売り上げって結構前年対比でいわれるから。去年の3月何をしたか記録が残ってると、ナレッジマネジメントと僕は言うんだけど、やっぱり知識として積み重なっていきます。
山本 忘れますからね、去年何やったかとか。
北田 そうそう。
山本 まじだめ。
北田 特にアパレルは人が代わってく。店長代わったらもうすぐにパーンだから。
山本 パーンです。
北田 ゼロからやります。したがって、ナレッジマネジメント、人が代わっても、その店はこういう特性があるとか、去年こういうふうにやってるとか全部残るわけね。で、販売体制も何人いて、誰が休みで、どういうシフトを組んでるのかとか。それはもちろん場所も、売り場そのものを変えるというのはなかなか店長の力ではできないんだけど。その中で、いわゆるVMD的な要素で商品の陳列の仕方が、どこにどういうアイテムを置いてるとか、そういうのを考えられる。あと、人も同じ。あとプロモーションも、もちろん会社でやる宣伝もあるけども、店長ができる顧客呼ぶ戦略とかいろんなことができる。DM出したのか、何をしたのか、電話したのか、全部プランをまず立てて、数字で全部表せる。DMをするなら、じゃあ毎日何人出すの?回収率は何%にするの?あと、そういうのすべてKPIといって、キーパフォーマンスインジケーターっていって、要するに、まあ鍵になる数値でセット率とか出てくる、いろいろね。そういうのを、目標を立てて実行する。実行するには、ウイークリーベースのプランを作る。
山本 難しいなあ。
北田 これを今週はどうする、納品こうして、レイアウトこうやってって。
山本 ウイークリーベース、めっちゃ細かい。
北田 これ、大体、会社側がMD政策が52週MDで組むわけ。で、全部商品入れ替えてくれないよ、毎週。ずっとの商品もあれば、入れ替わった商品もあったりとか、そういうサイクルって差別化されるんですけども。で、まず、店長がそのレベルのプランができたら、実行して修正して検証、で、修正。
山本 PDCAですね。
北田 これ、やるの慣れると、売り上げっていうのは安定度が増すんですよ。これは毎月やんなきゃだめなの。で、毎週チェックなの。
山本 大変やん。
北田 だから店長ってのは売る仕事じゃないの。結果的に売るんだけど、売る前と売り方に責任がある。質のコントロールしなきゃいけない、在庫のコントロールしなきゃいけない、計数管理しなきゃいけない。だから店長なんだよと。売るだけなら店長じゃない、要は。だから店長には僕はそれを求めるわけです。それを毎月僕らがやってて、それを毎月基本的なことを毎回話しながら、毎月発表者を出して、先月予算いったところを説明させるわけね。僕は悪いとこは責めない。いったところをほめてあげて、聞く。なぜあなたの店で予算いったんです?なぜ売り上げ上がったの?そうすると、だんだん慣れてくると、僕、こういうプランニングを立てて、こういうとおりに実績が1週目でこう上がって、こうなりましたと。たまたま顧客が来ましたじゃないんだと。売り上げが下がったときには、お客さん入んなかったとか、売り場も悪いんですとか。
山本 (笑)、そんな寒い話、俺、聞きたくないですね。
北田 それは、ほとんどのとこはそういうレベルなの、まだ。
山本 昔も今も?
北田 今も。だから、店長クラスの研修やったのに出てくるのはそう。なぜよかったかって答えられない。頑張ったんですよって。そりゃ、頑張ったんでしょう。
山本 (笑)
北田 そりゃ、みんな頑張ってるんだからね。何で予算いったんですかと。そこが論理的に整理つけてしゃべれるようになってくると、うまくいかなかったときも修正ができるんです。
山本 それが何回かやってるとできるようになってくるっていうことですね。
北田 そう。そうすると売り上げが安定してくる。で、顧客選択もCRMってカスタマーリレーションシップマネジメントっていうのは、今、システムも入ってるし、顧客の来店頻度が全部検索できるから。今は、データがいっぱいあるんですよね、実は。売上分析も一杯できる。でも、データ生かしきれないのは、そういうことを教えてないから。結果的にいくら売れましたか、何売れましたかっていうのを本社で見ていけば、じゃあ、それ、店長たちはどういうふうに理解してるのかね。なぜそうなってるのか。
山本 わかんないですね。
北田 わかんない。だから、もう宝の持ち腐れみたいな会社いっぱいあるんです。そこはリテールの、そうやって売り上げる方法論を、今言ったのは基本の基本なんですけども、それ以外にもいくつかありますけども、まず、それをきちんと教えることが重要で、そのPDCAを回し始めたら修正もしやすいし対応もできる。そうすると、仕入れ在庫はどのぐらいもつか、適正、まず在庫の問題ってのは、そこから店舗数の積み上げでもあったりするわけだから、10店舗を展開するブランド、100店舗だと全然必要材料違ってくるじゃないですか、当然。
山本 単に10倍じゃないんですか。
北田 単にじゃないの。それは店によっても違うから、当然。店舗単位のやっぱり損益を考えないといけない、今の時代は。ばくっと全体利益出ましたっていう時代、もう終わったわけです。
山本 まあ、それはわかります。
北田 1店舗ずつ、やっぱり損益を見ていくから、赤字のお店でも好転できる可能性があるかないかも判断しなきゃいけないですね。だから、いわゆる帳票だけで見る分析屋さんとかは、帳票だけでこの店やめたほうがいいとか言うんですよ、すぐリストラとかやらせると。でも、実際見てみたかとか、どうやって運営したかってのは、ちゃんと見たやつはあまりいないわけよ。
山本 そりゃそう。だってめんどくさいから。(笑)すんません。ちょっとレベル低いね、すいません。
北田 ポテンシャルある店なのに、たまたま売り上げ上がってないとこもあるわけ。だから、そういうのを見極めてやらないといけない。そのためにも会社としてもそういうのできるし、店長のレベルが上がってくると、会議とかやってもレベルが上がるわけです、全体が。それ、みんな、ほめてもらえる。売り上げ上がったところが発表してると、みんな一生懸命どうやってやったんだ?って、ディスプレイはどうしたんだ?
山本 そうですね。パクりたいですもんね。
北田 もちろんVMDがいて指示してるけど、一応、会社からはルールを説明してるんだよ。VMDはこうしなさい、ディスプレイはこうって言ってるけど、そこで創意工夫が少し加わるわけよ、うまくいったところは。やっぱり何か考えてるわけ。ちょっと今日は雨だったからあの日はこうしたとか、まあ、シンプルに言えば、気候によっても変えるかもしれないし、お客さんの流れによっても変えるかもしれないし。そういうのを全部説明させるのは、われわれは絶対できないことなの。やってる店長しか説明できない。
山本 そうかそうか、そうですね。
北田 これ、ノウハウを介してるわけよ。そうすると、同僚がうまくやってることって、みんな聞きたいわけよ。あ、こうやって、じゃあ、うちもやってみよう、じゃあ、明日すぐやってみよう。そういう話になるし、そういうのをやっていくとチームとして非常に強い力になってくる。大体そういう店長が生まれてくると、そこの部下は優秀なの育ってくる。
山本 そうですね。
北田 うん、そうそう。そういう人が、また、違う店舗の店長になると、うまくそういうノウハウ持ってくる。
山本 でも結果出るには、続けなだめってことですよね。
北田 そう。
山本 できればいいなあ。
北田 やっぱり最後は人なんですよね。人をいかに育てるかが勝負。だから人を育てなければ、マネジメント側もそうで、やっぱりさっき申し上げたように、もう役員クラス、部長、課長であれば、やっぱそういったオンザジョブであり、そういう教育であり、人の育て方ですよね。それによって企業のポテンシャルががーって引き上げられる。いくら優秀な大学出てても、東大のやつも早稲田も慶應もいっぱいいるけども、うちの会社にもいたけど、できないやつはできないよね。できるやつは別にどこの大学だって関係ないし、高卒の人もうちもいたけど優秀な人だし、やっぱり頑張ってます。あんまり別に、もう社会出ちゃったらどこの大学ってのはあんまり用足さない。
山本 そうですね。
北田 うん。だから別に高卒でも構わないし、まあ、中卒の人はたまたまいなかったけど、どんな環境であれ、その人の努力次第ですよね。だから、どんな上司につくかって、企業の場合はもう運、不運もあります、そりゃ。
山本 多少はね。例えば、これもさっきのあれでしょう?節目理論でしょう?
北田 そうそう。

「部下の給料をどう扱うか」
山本 (笑)じゃあ北田さん、アメリカから帰ってきて何やったんですか。
北田 まあMDなって、いわゆる企画課長だよね。企画の課長やってました。担当ブランド、イクシーズってブランドの企画課長をやって、そのあと会社の体制も変わって、今度、営業にまた戻って。
山本 営業課長みたいなことですか。
北田 そうそう。で、それからまた、仕入れの課長かなんかになって。
山本 それって何年ぐらい、2年ぐらいで代わるんですか。くるくるくるくるって。
北田 まあ、代わんない人もいるんだけど、僕は割と代わったほうですよね。2年とか3年で代わる。で、そのあとは営業に戻る前に、ちょっと経営企画みたいなものをちょっとやってたり。
山本 もう出世コースですね。
北田 まあ、たまたまですね。会社の構造改革案を作ったんですね、自分で。
山本 どんなですか。
北田 38歳ぐらいのときにね。
山本 若いですね。
北田 こう考え直してくれって。構造改革案っていうのを二つぐらい考えろっつったから。
山本 若っ。
北田 まあ、自分の企業人生においては、営業、企画、両方やらしていただいたしね、仕入れもやったから。割とそっち、生産現場を当時担当したとかはないんだけど、経理とかはね。だから、営業、企画、仕入れですよね。そっち側です。あとまあ、経営企画的な。
山本 そのときも、さっき言った月1のミーティングのやつは、一応部内では、やってたんですか、大体。
北田 そう。営業系のときは必ずやりましたね。企画のときはちょっとやることが違うんで、
山本 ロングスパンですもんね。
北田 うん。まあ、企画のときは、企画のときでやっぱり勉強になったし、いろいろ考えましたね。
山本 僕、服屋って、自分たちも商品生産してるんですけど、服って売るまでにデザインして、作って、営業売ってってなるじゃないですか。売れなかったときって誰の責任にどうやってするんですか。
北田 まあ、それは、
山本 めっちゃ難しいなと思って。
北田 誰の責任っていったら、まあ、みんなの責任なんだけど。
山本 (笑)
北田 それはそれぞれ役割だから、それぞれが責任持って役割果たしてさえいれば、売れ残らないはずだけども、まあ、計数的に見れば、シンプルに仕入れ担当が発注が多すぎたとか、例えばね。営業が予定どおりでなかったとか、あとまあ、企画したのが、例えば、色落ちが激しくて主力商品がなかったとか。まあ、何か具体的なこともありますよ。あるけども、それ一つ取り上げてみてもしょうがないので、結局、そのリレーションというか、その流れですよね、結局は。それを起こしてしまったのはどこかに原因があるわけで。
山本 それを見分けるんですか。
北田 それは、その全体を統括する長ですよね、その責任は。
山本 なるほどね、めっちゃむずい。成果と成功報酬って絶対あるじゃないですか。で、やっぱもうかったときは、誰かの給料上げなあかんし、まあ、落ちたときは給料下げるってわけじゃないけど、やっぱ、あまり悪いときは下げなあかんじゃないですか。そこってどうやって判断したらいいですか。
北田 いや、まあ、上げ下げは大概難しいですね。でも、評価方法っていうのは企業によって違いますけども、大きな企業の場合は、やっぱ与えられる職務の範囲って決まってるでしょう?何でも責任があるわけじゃない、権限あるわけじゃないから。あなた、この範囲でやりなさいってなったら、営業だったら、この店舗と店舗担当してますとか、もし企画だったら、このブランドの企画担当なのか、生産のほうやってんのか、それぞれ範疇が決まってるわけです。そうすると、大体のところは、期初っていうか年度始めに目標設定を立てて、今年はこういうことを目標にやりますと。それは数字が入ってる場合もあれば、口頭、言葉で表す場合もあるけども、それを達成できたか、できなかったかっていって、その人の査定、評価が決まると。というのが一般的で、ただやみくもに数字、全体が上がったらみんなにフィードバックありますよね。
山本 まあ、そうですね。
北田 全体が上がったらみんなに一律とか、ボーナス増えるとかってあるけども。個人評価ってのはやっぱ個人の何を評価する、最初に決めといてあげないといけないわけですよね。
山本 それって何かやってます?それも何か、月1とか、年に1回とかのミーティングとかやるんですか。
北田 それはもう人事主導でやるんで、評価システムってのは。勝手に各部門でやらないんで、会社でルールを決めるから、そういうの。
山本 人事が。部門でやらない。うちの会社違うな。
北田 人事部っていうのが会社のルールの基本形を作るので、もちろんわれわれにも相談したりして、システム変えたりしますよ、評価方法変えたり。特に店頭営業系なんかは営業の部門の人に相談してもちろん決めるけども、だから部長部長とか、課長課長が勝手にやることじゃないから、会社として営業も評価をしましょう、結果を査定しましょうっていう議論をして、人事が最終取りまとめをして決める。でもそれが適正かどうかって、なかなかどうも難しくて。それを修正、修正しながらやってるのが事実ですよ。結局メリハリつけたいけどつけづらかったりするから。
山本 つけづらいですよね(笑)。メリハリもつけづらいし、上げるはいいけど下げるはやりにくいですね、ほんまに。
北田 それはやりにくいから。だから僕もあんまり下げたことはないタイプで、だから業績上げたいわけですよ。
山本 そりゃそうですよ。
北田 上げてれば下げなくていいんだから。でも下がるってことは何か原因があるわけで、他人のせいにはできないことじゃないですか、結局は。だからそれは誰の責任、一社員に責任を負わせる話なのか、会社としての問題なのかっていうことですよね。要するに、それが下げたことによってモチベーション下げたり、本人やる気なくしてしまうような。内容は本人の責任じゃないのよ。たまたま数字が下がったら営業みんな悪いのか、営業みんな給料下げるのかって。
山本 難しい。
北田 そういうわけにいかないじゃないですか。だから、その原資ってもちろん上げる、だから例えば全社で5%給料を増やすとか、全社の給料を支払う、どんだけ予算を持ってるかによるけども、10%アップまでOKだとか、要するに評価のプラマイゼロで誰か上げるなら誰か下げなきゃいけない予算なのか。結局その会社の経営方針なの、要するに。資源をいくら乗せるか。ボーナスなんか結局業績給かもしれないけども、基本のところはね。そこはもう会社で最初から判断するしかないでしょうね。だから今年は大変、僕はそのことはあんまりやったことないけども、もしそうだったら最初から社員に説明しとくべきですよね。今年は大変厳しいと。予算ももう110予算を組みたいけど組めないと。100トントンの予算でいくと。
山本 そんな見えてる?まあそやね。今年は厳しい。
北田 いや、だからそれはだって、社員にオープンにしとかないと。だから頑張ったら給料も上げたいけども、トータルとしては人件費増やせないと。だから、少し下げるやつは出てくるかもしんない。それはでもちゃんと目標設定を明確にして不公平のないようにするからねと、要は。それは今言ったのは非常にちっちゃい会社の話ですよ。大きい会社だったら制度を変更しなきゃいけないとかそんなんあるから、そんなふうにはできないけども、ある程度個人オーナーだったらそういうこと聞くよね。
山本 聞きますね。
北田 大企業は組合もあったりするし、そういうの大変なのよ。組合との交渉があったり、勝手に会社が決められないから。組合の同意が必要なんですよ。大企業の場合と個人オーナーの場合は確実に違います。そういう評価制度がある、給料体系。だって募集するときから、ある程度やってるわけだから、決めて。
山本 確かに。
北田 上げ下げできるのはオーナー系の企業のほうがしやすいけど、でもそれも腹割って率先するしかないでしょうね。
山本 腹割るしかないですね。
北田 その代わり今年頑張ってくれたら来年絶対上げようぜみたいな、そういうとこできるじゃないですか。でも大企業の場合はそうはいかない。今年よかったから来年変えるかっていうわけにはいかないから。評価は公平な評価、公正な評価っていうのは常にテーマですね。