在庫処分サービスサイト shoichi > ブログ > 山本昌一ブログ > ●幸福論● 僕と、僕に関する全ての人が、この文章によって少しでも「人生が幸せに」なるために。その1

●幸福論● 僕と、僕に関する全ての人が、この文章によって少しでも「人生が幸せに」なるために。その1

●幸福論● 僕と、僕に関する全ての人が、この文章によって少しでも「人生が幸せに」なるために。その1

●幸福論
幸福論。
僕が考える「幸せ」と、「幸せの生み出し方」について書き残しておこうと思う。
もし世の中に「平均的な幸せさ」というものがあるならば、僕の幸せさは平均よりは絶対上回っていると思う。

そして、僕の幸せさは、偶然生み出されているわけではない。
自分で、意図的に、能動的に生み出している部分が大きい。

では、どうやってその幸せを生み出しているのか。
それを記すことによって、僕の好きな人達を幸せにできるかもしれないし、僕自身が迷った時の役にも立つ。
そう考えて、本文を記す。
本文は僕の行動原理の根幹となっている部分なので、何かご意見などあれば、是非頂きたいと思います。

●目標の分析。そもそも幸せとは。
まずは何から手をつけるのかと言われたら、目標の分析である。

幸せになろうと思ったら、まずは幸せの本質を知らないと幸せになることはできない。
幸せになろうと思ったら、幸せとはなんなのかを考え、徹底的に分析し、他者の考えを聞き、自分の中で定義付け、その定義を心から納得し、
その定義をもって細かな「目標」に落とし込まなければならない。

目標を達成した瞬間に「これは本当に俺の求めていた幸せなのか?」と考えるような、納得感の少ない目標では意味が無いのである。
何故なら、納得感のない目標では、それを信じて進む力が弱くなるから。
納得感を持って目標を立てることが出来れば、目標を達成するための方法は全て一緒である。
目標分析→プロセス構築→実行→改善→プロセス構築→実行→改善……→目標実現。
で、目標実現=幸せ実現。
これで目標の先にある「幸せ」に到達する道が見える。

●幸せの定義
さて、幸せとは何か。
どういう状態が幸せなのだろうか。

幸せに関する問題は、私が昔、15-16歳の頃よく考えていたが、結構悩んだのを覚えている。
「人よりも幸せになりたい。」
僕のこの漠然とした、しかし強い欲望が、僕を子供の頃からこの問題にのめりこませるきっかけになった。

高校の頃、東大京大を受験しようと考えている友人たちと教室でダラけながら、「人間って、どーやったら幸せになると思う?」と聞いてみたことがある。
そしたら4人の友人たちはぶっきらぼうに、
「ショーイチ、今からダッシュでカルピスウォーター4本買ってきてくれよ!!そしたら幸せになるよ!!ギャハハ!!」という回答。
さすが俺の友達。頭がイイ割に直接的だ。。。

皆様、挨拶がわりの笑い話と思うなかれ。
僕は色んな場面で色んな人にこの質問を投げかけているが、基本的に上記の友人たちと回答は変わらないのだ。
「給料が上がったら幸せになりますよ…」
「可愛い彼女ができたら幸せになりますよ…」
「健康になったら幸せになりますよ…」
「あのムカツク上司が死んだら幸せになりますよ…」
「仕事がうまくいったら幸せになりますよ…」

特に給料とかお金の話が多かった。
要は欲望(物欲、知識欲、金銭欲、権威欲、性欲、友情、家族愛などなど)がかなえば幸せになるという説が、世間一般の通説らしい。

僕もそうだと思っていたが、どこか違和感があった。
それもそのはず、カルピスウォーターが、給料や彼女に変わっただけで、論理的には何も変わっていないのだ。
欲望がかなえば幸せになるというのは、本質的ではないと感じていた。

●感情論
「欲望がかなう=幸せ」という図式は簡単に頭に浮かぶ。
しかし、私に取ってその図式は、しっくりこなかった。
この図式はどこか間違っている…
シンプルな直球ではない気がする…
そういう漠然とした違和感があった。
本問題に関しては、ガキの時分だが、結構悩んだ。
「欲望と幸せ」のプロセスの間に何か挟まっている感じがする…
何だ…
なんやねん…
なにがちがうねん…
正しい回答ではない違和感がする…
正しい回答というか、ただただ、「欲望」をかなえ続けるだけでは幸せになれない気がする…

こういう本質を問う議論は、とにかく、どこでもいいから議論して、学校でも通勤でも考えて、それからまた2軒目のバーでまた飲みながら議論して、
朝まで考えて、一周回ってそれでもまた議論しつくす。
すると、行き着く先はたいていシンプルな回答になることが多い。原理原則や、真理は常にシンプルだと思う。
皆さんもそういう経験があるはずだ。

で、あるときスッと答えが出た。

「そうか、「感じる」が抜けているんだ。」

プロセスとして、欲望がかなう→幸せというのは間違っていない。
欲望がかなう→満たされる→幸せを感じる、が正しい。
どーなったら幸せかわからない、ではない。
正しい表現は「どーなったら幸せを感じるのかわからない」だ。
幸せになる、という抽象的な表現ではなく、「幸せを感じる」だ。

「幸せは、感情である。」

だから我々は、「幸せを感じる」ためにどうしなければならないか、を考えなければならない。

幸せの定義は「自分が幸せと感じること」、だと僕は考える。
●幸せを感じる方法
上記の議論を踏まえると、我々が「幸せを感じる」スキームは下記になる。

・1事象→2感情→3幸せ

もっと細かくいうと

・なんかの事象がある→それに対して、自分の価値観を通じて感情が生まれる→この感情が幸せに分類される感情であれば、幸せを感じる。

例に例えると

・例*友人が焼肉をおごってくれる→焼肉はうまい!しかもタダだ!!→「うまい」という感情、「おごってもらう」と言う感情は、僕の中では幸せに分類される。
幸せに分類される感情なので、幸せを感じる。
ここまでの理解は良いだろうか。当たり前すぎるが、その当たり前なことを確認することが納得感につながるのである。もう少しお付き合いいただきたい。
では、次。
どーやったら「幸せを感じる」事象を増やせるのか。

もう皆さんおわかりだろうが、単純に「今、幸せを感じる」事象を増やすのが、カルピスウォーターである。
給料であり、可愛い彼女であり、焼肉ジュージューなのである。

我々が真に潤沢な、溢れんばかりの幸せを享受するためには、カルピスウォーターだけでは足りない。
3段階に論じないといけないのだ。

すなわち
・1事象を増やす。
・2感情→3幸せ。幸せに分類される感情の種類を増やす。
・1事象→2感情。幸せに分類される感情を感じる事象の種類を増やす。(これ、わかりにくい。あとで詳しく説明します。)

1事象を増やす。に関しては当たり前すぎるので、ここでは論じない。

●2感情→3幸せ
まずは、「2感情→3幸せ」から話そう。こっちから話したほうがわかりやすい。

当たり前だが、同じ感情でも、人によって、幸せと感じるか感じないかが違う。
たとえば、一般的に満腹感は幸せだと考えられているが、明日オーディションのアイドルからしたら罪悪感を感じるだろう。
家でダラダラと一日を過ごし、ダラダラ感を享受することは、忙しいビジネスマンにとっては死を意味するが、ニートからしたら大歓迎である。
「幸せを生み出す」ためには、その手前、「2感情→3幸せ」の部分を精査する。
この場合、「感じる幸せの総量を増やす」と言い換えたほうがわかりやすいかもしれない。
幸せを水とイメージすると、水を通すパイプの幅を拡げるのだ。
あなたのパイプの幅を広げて、アマゾンのような大河にし、幸せの水をジャブジャブと流そう。
まず手始めに、自分の中でどんな感情が幸せを感じるのか、自己分析しなければならない。
例えば、食事をして得られる感情を、例えば下記としよう。
1「美味しい。満腹になる。」
2「友人と会話しながら食べると楽しい。」
3「お金を払いたくない」
4「食べに行くのがめんどくさい」

1と2は幸せに結びつく。
3と4は幸せに結びつかない。
当たり前である。
だが、ここで、終わるのは凡人であり、クズである。
一生、「能動的に」自分の幸せを生み出すことができないクズである。
幸せになりたい我々は、カイゼンをする必要がある。
3と4を幸せに結びつけるように、価値観を変えたとしたら、いかがだろうか。
例えば、こんな考え方はどうだろう?

3「お金を払いたくない」
→むしろ、食事をご馳走することによって、友人からお金では買えない笑顔や感謝をもらうことができる。
→食事代なんてどうでもよくなるぐらい、お金を稼げばいいんじゃないか。仕事のモチベーションに変換する。

4「食べに行くのがめんどくさい」
→むしろ、食事を自分で用意して、家に呼ぶ。そうすることによって、面倒だが料理の腕前が上がる。
→タクシーでいく。タクシー代なんてどうでもよくなるぐらい、お金を稼げばいいんじゃないか。仕事のモチベーションに変換する。
自分の価値観を、幸せに準ずるように最高にカスタマイズした場合、こうなる。
1「美味しい。満腹になる。」
→今日はこんなおいしいごはんを食べることが出来て、なんて幸せなんだ。
2「友人と会話しながら食べると楽しい。」
→今日はこんな楽しい友人と食事ができて、なんて幸せなんだ。
3「お金を払いたくない」
→今日はみんなに食事をご馳走した。友人からお金では買えない笑顔や感謝をもらうことが出来て、なんて幸せなんだ。
4「食べに行くのがめんどくさい」
→タクシー代なんてどうでもよくなるぐらい、お金を稼げている僕は、なんて素晴らしくて幸せなんだ。

多少無理があるが、要は上記のように「自分の価値観を、幸せに準ずるように最高にカスタマイズ」できればなんでもいいのである。
微調整は長い人生の中でとっていけばいい。
考え方をカイゼンすることによって、日常的な事象でも、やたらと幸せになる。
観点や価値観を変えることによって、こんなにカンタンに幸せ度が増すのである。

ポジティブな人間は何故幸せなのか。
それは、
・幸せになる感情が多いので、同じ行動を取って、同じ事象を体験しても、普通の人より幸せになる確立が高い。
・上記と同様に、そもそもマイナスの感情に繋がる行動が少ない。つまり不幸せに感じる確立が少ない。
プラスが多く、マイナスが少ない。
僕は会社の社長だから、会社になおすと
ポジティブ人間はネガティブ人間に比べて、売上が高くて経費が少ないのだと思う。
だから、利益(幸せ)が多く残る。
優良企業である。(笑)

お問い合わせはこちら

コメントをどうぞ